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東京オリンピックの抽選結果。

宣言どおり(!)コパ・アメリカのウルグアイ戦はまだ見ていない。今日は色々あってこの時間になってしまったが、まだまだやることが山積みでもある。まずは来週のイベントの準備でレゴの整理をする。レゴを触っているだけで落ち着いてくるのは職業病だろう。

そんななか、東京オリンピックのチケット抽選結果を確認する。結論から言うと「全滅」である。一試合くらいは・・・と高をくくっていたが全ての項目において落選マークという何とも運の悪さを露呈する。東京在住12年。都民枠など存在しないのだなと落胆する。

アミーゴの状況をSNSなどで確認した。どのような仕組みで抽選されたのか知らないが、これまでの人生などは何も考慮されずただ選ぶ行為だけが行なわれたかのような全滅組の行列になっていた。何とも言えない気持ちだけを抱えて、週末を迎えるこの身を嘆いている。

今回申し込んだ開会式、閉会式、男女サッカーのファイナル、卓球女子ファイナルなどは、次の販売では取れないだろうなと既にあきらめムードにはなっている。そういうわけで浮いたお金で何かをしようかとも思ったが、とりあえず次の販売に向けて置いておくつもりだ。

生きている間に地元でオリンピックを見るなど最後だと思うのでなんとか楽しむことを継続したい。会場の近くを廻って様々な国の方々との出会いにも興味がある。そう考えるとなんだかんだでこのお祭り気分を味わっていける。チケットだけが全てじゃない(強がり)。

※せめて日本サッカー後援会枠とか・・・。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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祝・200試合出場。思い。

 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

『継続は力なり』とか言うが。

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今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP