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第2節 FC東京戦。

僕が歴史好きなのは既にご承知のとおりだが、その歴史のなかには「勝てば官軍」という言葉が存在する。歴史とは常に勝者側のものの見方であって、敗者の歴史は葬り去られる。しかしながら最近では、それらが覆されるケースも、多々ある。

例えば、好物の明治維新に関しても同様だ。結果的に勝利した薩長を中心とした史観が通説と思われてきたが、ある意味「正しい部分」と「修正が必要な部分」が明確になってきている。だが、見かたは人それぞれで、その人に委ねられている。

今のセレッソ大阪も個人的にはそんな「人それぞれの見かた」がある。クラブの方向性や監督についても、考えかたは変わってくる。僕は否定するつもりもないし、そのような多くの考えが生まれることで、クラブは強くなっていくのだと思う。

前節同様に、最後は底力を見せつけられての逆転負けだが、不思議と結果に対しての不満の感情が生まれてこない。選手はかなり、このチームのために献身的に戦っている。また、それだけではなく、局面局面で素晴らしいプレーも見せていた。

次節がすべてのターニングポイントになり得る。この三試合で昨年の幻影をものの見事に断ち切った感もある。そのサッカーがロティーナの戦術に対してどう立ち向かうのか。第三者的見かたで恐縮だが非常に興味がある。これは偏見ではなく。

ただし、これはなにも、僕が今年のサッカーを認めたことを意味しない。いくら攻撃的チームを全面に出したとしても、前節同様、昨年までだったら起こらなかったような事故的失点(キーパーのは別で)を、とてもじゃないが僕は肯定できない。

最近はClubhouseなどでアウトプットしているので、僕の考えなどは聴いてもらえると幸いだ。そこでは、押し付けなどではなく、多様性を話し合える場づくりが重要だとも感じている。セレッソファン同士はそれができる仲間だと信じている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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そう言えば先日の台風による遅延で代替出来なかったJALに代えて乗ったロイヤルブルネイ航空。当然のことながらヒースロー↔バンダル・スリ・ブガワンに日本語字幕のある映画が無いのだろうな・・・と思ったら、何故だかひとつだけ存在したのだった。その名も「 ヌヌ子の聖戦 」。 内容は、原宿を愛する双子コーデの女子が紆余曲折しながら成長していくという物語。おぉう。兎に角見てみる。・・・結構面白い。僕としてはどっちかといえば三好里奈よりも田原葵やなーとか考えながら見ていたら、隣のブルネイ人(多分)の女子も見始めていたのが驚きだった。 何故葵は上手くいかないのかと考えたとき日本語には便利な言葉がある。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。サッカーでも他のスポーツでも、負けたときの理由は何かしら説明がつく。だが「どうしてこの試合に勝利できたのか」とても理解に苦しむ瞬間がある。 さて肝心の北海道コンサドーレ札幌戦である(どっかの話ではないが名前が長いとは思わない)。相手はルヴァンカップファイナルへ進んだ勢いそのままに来るのかと思ったが、怪我人などもあり、試合自体がうちの展開にもなった。そんな中で、エースの最高の一撃が勢いをつけた。 少なくともこの試合に限っては勝ちに不思議は無かった。途轍もないゴラッソに目を向けがちだが、それ以上に柿谷曜一朗選手のフル出場が全てを物語っている。彼が本調子(まだまだ僅かだが)に帰ってくることで、勝ちは確信に近づくのだと思う。それくらいの存在でもあるのだ。 残り五試合。首位とは勝ち点差7。ACLを勝ち取るためにも6をひっくり返さなければならない。29試合を戦ってきての失点22は勿論驚異的だが、ここからは更なる守備と得点が必要になってくる。柿谷曜一朗選手の全ての能力が発揮されるとき、偶然ではなく必然が僕らの前に広がる。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。最後の最後まで諦めずに戦い続けることが、上位クラブに圧力をかけるはずだ。話を戻すが隣のブルネイ人女子。10分程度で映画を諦めて深い眠りに入ってしまった。ラストに良いシーンあるのに。やはり最後の最後まで大事。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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