スキップしてメイン コンテンツに移動

第33節 ヴィッセル神戸戦。

昨年の今日、パグのクロヱがやってきた。5月にテリ子が亡くなってからというもの、寂しい日々を過ごしていた我が家にぱっと明るさが戻ったのを思い出す。ときには(ときにはどころでは無い)粗相もするのだが、やはり”憎めないのが憎いのさ”な状況である。

それにしても、犬という生き物は「喜怒哀楽」を強く表現する。家族ひとりひとりの顔色を見て感じて、そして勇気づけ慰めてくれる。特にうちの子たちは察知する能力や感情を表現する能力が高い。テリ子、クロヱ、そんな彼女たちに本当に感謝している。

我がセレッソ大阪のこの20余年にも「喜怒哀楽」という言葉がぴったりである。Jリーグ昇格、3度の降格と昇格、ACL出場とルヴァンカップ制覇。あと数試合を残してはいるのだが、悲喜交交な日々を過ごしてきた僕らには今年は正に「喜」の多い一年となっている。

昨日のヴィッセル神戸戦。山口蛍選手が怪我で欠場ということもあって中盤のダイナミックさに欠けるのでは「哀」となったのだが、ユーティリティプレイヤーとして覚醒した山村和也選手の本職、そう、彼がボランチだったことを改めて思い出させてくれた。

確かに試合開始後20分くらいまでは相手にペースを握られる厳しい展開ではあったが、思いの外相手がラインを下げてくれたお陰でその後はセレッソ大阪のペースとなった。いまのうちの攻撃を受け止めて返せるチームは、Jにはあまりいないと思う。

そしてほぼ全ての選手が90分戦える体力をこの時期に見せてくれている。1-0を守り抜く試合も多くのゴールを決めて勝ち切る試合も思った通りの結果を出せるようになってきている。その中で多くの方を納得させられるゲームを出来るチームが出来上がりつつある。

面白いサッカーと強いサッカーの両立は難しいのは分かっているが、今、うちの選手たちはそれを実践しようとしている。見ている人をワクワクさせる、次は何をやるのか期待させるサッカー。そしてその中でも最後はきっちり締めて勝ち点3を手にするサッカー。

尹晶煥監督ならそれが可能では無いか、そんな思いがしてきた。その中で更に強くなって浦和レッズのようにアジアでも充分戦えるだけの力を培っていきたいと素直にそう思った。途轍もなくそしてあまりにも「楽」な考え方かもしれないが僕は信じていきたい。

そして僕は新潟に行く。3位以内の順位が確定し天皇杯の結果もある中でACLへの出場権を獲得したのだがまだ大事な仕事が残っている。それを見るために僕は新潟へ行く。1999年以来のタイトルホルダーの誕生を見るために僕はMaxときに乗り新潟へと向かうのだ。

「怒」の中から生まれるものは少ないとは言うが、12月2日土曜日は、ボールを要求し続け貪欲にゴールだけを狙って欲しい。エゴを存分に発揮し取れるだけの得点を奪って欲しい。そして試合後には最高の称号を手にして欲しい。杉本健勇選手にはその資格がある。

そして皆で「喜」を味わいたい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


コメント

このブログの人気の投稿

スカイウォーカーがまたひとり。

毎年のことだがどれだけ忘れれば良いのかと思うくらい忘年会の予定が入っている。多くの方々と2019年について語り合うのは本当に楽しいし学びの場でもある。今年の年末はセレッソ大阪関連の試合もほぼ無いに等しいので、できうる限り参加したいと考えているがどうなるだろうか。 年の瀬は良い映画が目白押しとなる。素人映画好きを自称する身としては楽しみが止まらないわけだが、シリーズが完結する作品もあったりと悲喜交交な毎日を過ごすことになりそうな予感の今年の師走。そこに、別れという言葉は不釣り合いなのかもしれないがひとつの決断があった。 先日にも書いたのだが、この時期の選手の去就についてはサポーターとして一喜一憂の毎日でもある。我らのクラブも同じで、加入する選手がいれば去っていく選手も当然存在する。プロなので当たり前といえば当たり前なのだが、それでも、同じチームの仲間と離れるのは本当に辛い。 誰もが一年に一度歳を取る。僕は選手じゃ無いのでなんとも言えないのだが、戦術に合う合わない、若手の台頭などもあるにはある。しかし、自分自身のプレーが満足にできなくなっていくことも大きな要因であるのではと感じる。これは決して選手の立場だけでは無いのかもしれない。 サポーターも勿論同様だ。セレッソサポーター第一世代と言われる年齢は相当に高い。スタジアムに来れなくなる人、セレッソ大阪から距離を取る人、若い頃から変わらずに続けている人、それぞれだ。そしてそれはまさに四半世紀を超える歴史を持つクラブだからこその勲章と言える。 そのような方々も選手と並ぶ”レジェンド”であると僕は声を大にして言いたいのだ。ご本人からしたらそんなことなど微塵とも思っていないだろうが、あの大きな旗に勇気づけられたのは、選手だけでなく声を作り出していた役目の僕にとっても心からのリスペクトしかないのが本音だ。 そんなレジェンドがまたひとり。だがこの御方もセレッソ大阪との絆が途絶えることは死ぬまで無いのだろう。そんな、僕にとってのスカイウォーカーのようなアミーゴに囲まれている人生が途轍もなく素晴らしい。歴史に一筋の皺を刻んだ方々への、感謝の思いをこの師走に乗せたい。 彼の”ラストマッチ”を大分で見れるのはこの上なく幸せだ。しかもゴール裏で。 NEVER STOP,NEVER GIVE U

WEリーグと「育成のセレッソ」の関係。

「育成のセレッソ」と言われ続けてきた。もちろん初めからそうだったわけでもなく、この長い期間を経てたどり着いたと言っても過言では無い。当然のことながら選手たちも人間。常に、我がクラブだけでプレイしていくだけが人生ではない。 僕らには「アカデミー史上最高の選手」などという派手な称号も必要ではなく、セレッソ大阪のDNAを持って、世界へ、そして他のクラブでプレイし続けてくれることが幸せでもある。現にそんな選手たちでサッカー界が満たされているのだ。 様々なところで話しているのだが、ハナサカクラブの前身の件で当時のクラブスタッフの方と話ししていたのがたしか2004年から2005年くらい。その前からも多くの場面でアカデミーをサポートする体制が整っていたのがセレッソサポーター。 その後、日本代表選手の育成や、なでしこリーグ参入という大きな目的を持ち、セレッソ大阪堺レディースがスタートした。この桜なでしこも、多くのサポーターに支えられて、日本のトップリーグで互角に戦えるほどの力を持つことができた。 10月17日。日本女子プロサッカーリーグ、通称WEリーグで参入を発表されたなかに、セレッソ大阪堺レディースの名前は存在しなかった。どういう経緯かなどは知るよしもないが、何となくデジャビュを感じてしまうのは僕だけではないだろう。 様々な書き物を見ていたら、青田買いの真っ只中に位置しているような感もなくはない。長年見続けてきた方のことを思うと何とも言えない気持ちになる。より高みを目指していく選手がいるはずだし、そうなるための育成でもあったとはいえ。 この先がどうなるかは僕ごときに分かるはずもない。しかしながらこれからも彼女たちの成長を見届けていくのだろう。色々な面で時間もかかることは間違いないが、素晴らしいこのチームの良さが前面に表れるような状況に期待をしている。 そんななかで、今日からトレーニングキャンプに入ったなでしこジャパン(候補)に、四名もの桜なでしこのメンバーが参加している。まずは素直に喜んでいる。存分にその存在感と才能を遺憾無く発揮して、これからの未来を支えて欲しい。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

セレッソ大阪サポーターの歴史の話でもしようかなと。

Jリーグが3月に開催予定していたすべての試合を延期すると発表した。苦渋の決断でもあるし理解もできる。この状況で数万人規模のイベントは難しい。どのような日程になるのか。全試合を消化することが可能なのか。沈静化すらしていないなかでまだまだ余談を許さない時間が続いていく。 もちろん大人数の飲み会などというものも中止になっていく。今日も元々予定が入っていたのだが数日前に連絡が来た。まあ当然のことだろう。少しでも集団感染の危険性を回避できるよう、日本にいる全員が意識を高く持ってことに当たらないといけない、と改めて感じている次第でもある。 意識を高く、で少し思い出したことがある。とある事情で歴史を整理する仕事をしているのだがこれが結構骨が折れる。実施当時はそんなふうに何かを残していくことの意識がとてつもなく低く、あとに残された者に託された頃にはかなり大変な状況にもなる。企業などでは実によくある話だ。 多分サポーターもそうだ。Jリーグの各クラブでも「脈々と受け継がれる」ケースと、「そのもの自体取って代わられる」ケースの両方が存在している。国家の事例と比べる気などさらさら無いのだが、世界の中で日本という国の歴史がここまで続いてきたという話と、どこか似ている気がする。 セレッソ大阪のサポーターの歴史をまとめるのはそれほど難しく感じない。たとえゴール裏にいるメンバーが代替わりしていこうと「脈々と受け継がれ」ているのだろう。それは未だI4にいる古参のサポーターの方のおかげでもあるし、受け止める若い方々のおかげでもある。それこそが凄い。 そして、若い方々にはもっとセレッソ大阪サポーターの歴史を知ってもらいたいし、逆に僕らは意識を高く持ち、それらを伝えていかなければならない。そんなことを毎日のように考えている。落ち着いた頃に話をする機会を設けたい。その頃にはきっと格好の場所ができあがっているはずだ。 僕らのJリーグの火を灯し続けたいと思う。明日からは枠が許す限り(というか自分の裁量やろうが)歴史の話を多く取り入れていきたいなとも思う。ちょっと老害に近い状況を生み出すかも知れないが、それも歴史の一部だと思って受け止めてくれれば幸いである。さていつまで続くのやら。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP