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Jユースカップ 川崎フロンターレ戦。

さり気なく生きたい。元来祭り事があまり好きでは無いので祝勝会などというイベントはとても苦手である。また、何となく持ち上げられたりすると少々気が重くなるのも子供時代から変わらない。要するに”変な人”なのだろうと心のなかで自己分析している。

試合終了後に多くのアミーゴと抱擁し優勝というものを味わった。僕にとっての祝勝はこれで良いのだなと満足感がある。駅伝監督の胴上げ拒否のニュースを見たがこの気持ちがよく分かる気がする。僕自身も敗者人生が長い分、気になってしまうことが多い。

三連休最後の11月5日。中学時代からのアミーゴでもあるシンガソングライター多田覚(臥龍)のライブの前にNACK5スタジアムに向かう。Jユースカップのクウォーターファイナルであり前日のリピートを見るためでもあった川崎フロンターレとの一戦が行なわれた。

ルヴァンカップファイナルが埼玉スタジアムだったこともありセレッソサポーターが多く詰めかけていたが、雪辱に燃える川崎フロンターレのサポーターの数が半端なかった。それだけでも若い選手たちの戦う気持ちを奮い立たす材料になっていたと言えるだろう。

結果的には2-3で敗れたわけだが、得点だけでなく随所に良いプレーがあり本当に素晴らしい試合だった。PKの判定は、ゴールキーパーが多少躊躇してしまい如何ともし難い内容だったが、前日の試合開始1分の出来事同様あれはあれでサッカーの怖さであると感じた。

1990年代後半、「ユースの試合も見なきゃ駄目」と当時のU-18監督に言われてからというもの、アカデミーを応援するサポーターが増えたのは間違いないだろう。これは本当に素晴らしいことだと思うしサッカーを見る幅とセレッソ大阪を見る量が格段に多くなった。

「日本全国でセレッソ大阪のサッカーをこんなに見れるなんて本当に幸せ以外の何物でもない。そして年末最後の最後までセレッソのサッカーを味わえる。しんどいけどね」と埼玉スタジアムに向かう電車でクラブスタッフの方と笑いながら話したのを思い出した。

トップ、U-23、アカデミーそしてレディース。僕らの旅路はこの先もずっと続いていく。それは、朽ち果てる時まで同じ気持ちでいたいと思う。そして、その時はさり気なく言いたい。"We will always be here,ever.(いつもここにいるから)"と。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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