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第34節 大分トリニータ戦。願うだけでは。

実に1997年以来22年ぶりの大分である。前回の来大(で良いのか?)は大分でサンフレッチェ広島戦を行なった(何故そうなったのかはまったく知らない)あと、翌日、フランスワールドカップアジア最終予選の日韓戦を戦うために国立競技場に向かったという記憶が脳裏に残っている。

当時はまだホバークラフトが海上を走っておりかなり交通の便の良さ(と言っていいかどうかだが)を感じていたが、大分空港からスタジアムまでの道のりは結構なものだった。レンタカーでもそうなのだからバスだと試合そのものよりもかなり疲労しそうだな、とか思ったりしていた。

とにかくこの試合の論点は「①セレッソ大阪が勝利すること②北海道コンサドーレ札幌が川崎フロンターレに勝利するまたは引き分けること」。だった。ACLへのチャレンジの気持ちも無くはない(これは更に他力本願)が、それ以上に4位というポジションに着くことを熱望していたのだ。

そんな思いもあり、セレッソ大阪の試合も大事だったが時間の大半Jリーグアプリを見ながら過ごしていた。この時期でなければ、得点だけでなく選手交代の情報までも他の試合結果を意識することはまず無い。4位5位との間には決定的な差が存在していることを分かってもらえるだろう。

結果的には神に「自分でなんとかせーよ」と言われているような展開であった。やはり願うだけでは駄目なのだ。それを改めて感じる機会となってしまった。とは言え、今シーズンの観戦成績は三戦三勝となり、疫病神の役目をようやく終えようとしている(他に移転しただけとも言う)。

そんなことを書いていたら思い出した。前述の最終予選はこの日韓戦を境に厳しい戦いへと落ち込んでいくわけだが、まさに神のご加護のような他力本願がありプレーオフまで進出し、そして日本初のワールドカップ出場となったわけだ。こじつけもここまで来ると自分でも呆れてしまう。

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