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「サポーター・アイデンティティ ~We will always be here,ever~」<その3>。

今回は講演会「サポーター・アイデンティティ~We will always be here,ever~」の講演終了後の質疑応答である。よくもまあこんな企画を考えたものだと、関係者の皆さんにはぜひ敬意を表したいと思う。ここもかなり高田純次氏並みの適当さが滲み出ているのを感じていただければ。

この年は何を隠そう2014年。スーパースターの獲得とアジアチャンピオンズリーグ。そしてご存知の通りシーズン終了後に三度目の降格を迎えるという一年。そのスタートがこんな講演で始まったことを心に留めておいてほしい。僕は無神論者だが、世の中を動かす何かは絶対に存在する。

(全て当時書き起こしていただいたママ)
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レポート【質疑応答】

Q.フォルラン獲得についてどう思いますか?

→最初はどうせ嘘だと思いました。

1990年代にもバティストゥータやロマーリオが来るという噂がありました。

レネ監督の時代にシーフォがくるかもしれないとなったときに、来なかったので今回もそれだと思ったら本当でした。

ワールドカップ得点王でヨーロッパでも実績を出している。しかもかっこいいですね。

みなさんサインもらってください。

それぐらいです。

(司会)

フォルランさんも喜ぶと思います。

(会場爆笑)


Q.セレッソサポーターで一番嬉しかったこと、辛かったことは?

→こういう場をセッティングしてもらったことが嬉しいです。

自分は寡黙な方だが、本(セレッソ・アイデンティティ)を読んで、歴史はちゃんと伝えていかないとと思いました。

辛いことはあまりないです。周りの人が助けてくれますから。


Q.セレッソ立ち上げから今にあたるまでのサポーターの変化、地域密着における姿勢の変化で感じることは ?

→Jリーグができてサポーターの文化が出来ました。

昔はまだまだ応援する=サポーターでした。

東北の震災など、今のサポーターの行動力は感銘を受けます。

当時もやっていたが、今はうまくいくように計画してすぐに動けます。

長居という街がサッカータウンとなることを考えていたが、なかなかうまくいってないですね。

確かに商店街などは盛り上がっていますが、文化はまだ根付いていません。

サポーターが中心となって、地域密着でサッカータウンにすることを考えている。

 地域貢献、ボランティアだけでなく、サッカーと触れ合う瞬間を増やせるといいなと思います。


Q.立ち上げのころの未来予想との差

→立ち上げた感覚はなかったし、未来予想もありませんでした。

最初は、アントラーズなどの街興しなど、Jリーグで盛り上がったのはうらやましかったです。

人のやることの逆をやりたい気質の大阪だからできること、そういったところうまくやればいいと思います。

かつてとは、いる人も違うので同じわけにはいかないですが、それでもアイデンティティが受け継がれれば、素晴らしいと思います。


Q.西澤明訓選手の応援はどんな経緯で誕生した?

→覚えてないです。特に何も考えてないです。

ちなみに森島さんの応援も、一気飲みのコールから居酒屋で作りました。

裏話で「モリシのゴールが見たい」というお皿を作る話があって、「使ってもいいか?」と聞かれました。

お皿は、実際に作られたらしいです。

応援は個人のものではないと思います。

当時は話題になりました。

普通は「決めろ」だが、僕らは「見たい」と懇願タイプです。


Q.これからを担うサポーターを育てるのに必要なもの

→知らないです。

育てるものでもなくて、勝手に育つものだと思います。

人のふり見て・・・の部分ですね。

サポーターは兄弟でも同級生でもなくて赤の他人です。

サッカーしか繋がりがないです。

あれもこれもでは、ぎくしゃくするので、サッカーの関係が続けばいいです。

同い年なんて言われなければわからないし、年齢なんて関係ない。育てるなんておこがましいと思います。


Q.今の応援はどうですか?本当に選手の力になっている?応援って誰のため?何のため?

→いいか悪いかは判断できないです。

すごく盛り上がっていますね。

去年2試合見たが10年前とは感覚が違います。

すごく盛り上げ上手です。

個人的な意見だが、応援(というもの)が選手のためになっているとは思っていません。

しかし疲れている選手の足はなかなか出ないからこそ、その一歩を出させるための応援はできます。

その応援を90分続けるのは無理なので、選手の状況を見て、応援ができる最後のひと押しができるといいと思います。



例えば一昨年の最終節川崎フロンターレ戦のときのゴールの時の応援。

試合は見てないが、サポーターが取らせた点だとテレビから伝わってきました。

気持ちが入れば選手も反応するのだろうな、と思います。


Q.Jリーグ参入の経緯は?

→知りません。セレッソに入って聞いてください。


Q.本当は何者ですか?

→フツーの社会人です。

朝起きて夜寝ます。6時間は寝たいです。

アウェー戦の車に乗ると、必ず寝ると言われるが、寝ていません。

安全を祈っているんです。

起きろと言われればすぐ起きます。

サービスエリアで3回に1回は起きます。

フツーの人でたいしたこと言えないです。

意見は参考程度にしてください。


Q.現在の職業とこれからのクラブとの関わり方は?

→職業はIT業の経営層です。

蹴球堂では、ほぼ何もしていません。

今年44歳であと16年ぐらい働きます。

おそらく僕らが老人になったときは、あまり年金も出ないので、お金を貯めることを勉強します。

頑張っていきます。


Q.蹴球堂で20周年おすすめグッズは?

→ないです。セレッソ次第です。

常に変わっていきたくて、今日よりも明日、明日よりも明後日がいい日になるようにしていきたいです。

なんかあるとは思います。

店長いわくいっぱい出るらしいです。

みなさんに還元できるものをつくりたいと思います。

アイテムだけでなく生きていくなかでマッチできるもの、例えばスマートフォンアプリなど。

エンジニアがいたら面白いかもしれないですね。

一部あることは、J2になると蹴球堂に来る人が少なくなる。

だから落ちないようにして欲しいですね。

以上

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(お読みいただきありがとうございます。)

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コメント

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スカイウォーカーがまたひとり。

毎年のことだがどれだけ忘れれば良いのかと思うくらい忘年会の予定が入っている。多くの方々と2019年について語り合うのは本当に楽しいし学びの場でもある。今年の年末はセレッソ大阪関連の試合もほぼ無いに等しいので、できうる限り参加したいと考えているがどうなるだろうか。

年の瀬は良い映画が目白押しとなる。素人映画好きを自称する身としては楽しみが止まらないわけだが、シリーズが完結する作品もあったりと悲喜交交な毎日を過ごすことになりそうな予感の今年の師走。そこに、別れという言葉は不釣り合いなのかもしれないがひとつの決断があった。

先日にも書いたのだが、この時期の選手の去就についてはサポーターとして一喜一憂の毎日でもある。我らのクラブも同じで、加入する選手がいれば去っていく選手も当然存在する。プロなので当たり前といえば当たり前なのだが、それでも、同じチームの仲間と離れるのは本当に辛い。
誰もが一年に一度歳を取る。僕は選手じゃ無いのでなんとも言えないのだが、戦術に合う合わない、若手の台頭などもあるにはある。しかし、自分自身のプレーが満足にできなくなっていくことも大きな要因であるのではと感じる。これは決して選手の立場だけでは無いのかもしれない。

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NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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NEVER STOP,NEVER GIVE UP