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新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

TAKUMI MINAMINOが南野拓実だったころ。

とある筋から軽い噂を聴いたときにはたいして本気にしていなかったが、メディアや周辺がざわめき始めた頃くらいから、これは現実になるのかもしれないと思い始めた。南野拓実選手のイングランドプレミアリーグ名門、リヴァプールへの移籍に関する僕のファーストコンタクトだった。

初めて南野拓実選手のプレーを目の前で見たのは2010年。西が丘サッカー場(今は味の素フィールド西が丘と呼ぶの)での全日本ユース選手権の決勝トーナメント一回戦。関西王者として参戦だったがサンフレッチェ広島ユースに7−1と完膚無きまでに叩き潰されてしまった試合でもあった。

「無茶苦茶面白い選手がいるからちゃんと見とけ」隣に座ってきたあの御方から言われた僕は、まだ老眼にはなっていなかった目をかっ開いて試合に集中する。背番号は12。トップでは選手が付けることはないサポーターナンバーでもある。今思えばトップ昇格した選手のオンパレードだ。

関西プリンスリーグではゴールを量産しており確かにアグレッシブさやガツガツした荒々しさは、この試合でも感じた。だがこのときは高校一年生の15歳で、勿論身体も発展途上であり、まだまだ未熟な印象も垣間見えた。結局この試合でゴールを決めることもなく大会をあとにしている。

その中でも、今日では代名詞となっているターンなど素晴らしいプレーを披露している姿を見て、必ずセレッソ大阪の未来を背負う選手になるだろうという少々淡すぎる期待を持ったことを今でも憶えている。そんな彼は2015年にヨーロッパへ渡り、南野拓実からTAKUMI MINAMINOとなった。

そして今やレッズの一員なのだ。嬉しい気持ちの反面、ちょっとだけ、いや更に遠い存在になってしまった気持ちのほうが大きいのかも知れない。早ければデビュー戦は年明けのFAカップ3回戦、我らがトフィーズとの「マージーサイド・ダービー」になる可能性があるそうだ。心が揺れる。

とは言え、僕らはいつでも南野拓実のファンだ。世界のTAKUMI MINAMINOも日本代表のエースもすべて引っくるめて、僕らは”あのころ”から彼の熱烈なサポーターなのだ。アカデミーは本当に原石の集まりだ。「無茶苦茶面白い選手がいるからちゃんと見とけ」。今度は僕が言う番だ。

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