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複雑性と手。

昨日、今月の諸々の予定を調整していた。なんとか上手く収めようとして逆に混乱してしまうという悪循環に陥る。難しいことをどうにか簡単に進めればいいかなのだが、それができないのも人間の持って生まれた複雑性によるものかもしれない。人はどうにも難しい生き物である。

そんな、どうでもいい内容を考えながら水曜日に行なうイベントのドキュメントを作成しつつセレッソ大阪U-23のゲームを見る。口では上手く言い表せないが、中島元彦選手がトップチームに昇格しなかった理由やベンチにも入れなかった理由が、少しだけ見えたように思えたのだ。

先日見たフィンセント・ファン・ゴッホの絵画展と映画を見たから特に感じるが、人にはそれぞれタイミングというものが存在しており、そのタイミングを逃すと次にまったく同じような状況が来るなんてことはほぼ無い。僕もそれらを多く逃してきたので感覚的に分かってしまう。

どうしてこんな感情を持って人間という生き物は生まれてくるのだろう。それは人間は生身であって機械では無いからだ。 0と1だけに支配される世界と近づいたり距離を置いたりできるところに人間の複雑性が現れるからだ。そんなことを中島選手とファン・ゴッホから感じ取れた。

こんな文章を書いたらまた「こいつは変わった奴だ」認定されるだろう。そう。今月から手書きノートに戻した。書くことの素晴らしさを思い出した。人間の不安定さは手から出るものが一番だ。レゴ®シリアスプレイ®に惹かれるのも無理はない。僕の手は0も1も勿論絵だって書ける。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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