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複雑性と手。

昨日、今月の諸々の予定を調整していた。なんとか上手く収めようとして逆に混乱してしまうという悪循環に陥る。難しいことをどうにか簡単に進めればいいかなのだが、それができないのも人間の持って生まれた複雑性によるものかもしれない。人はどうにも難しい生き物である。

そんな、どうでもいい内容を考えながら水曜日に行なうイベントのドキュメントを作成しつつセレッソ大阪U-23のゲームを見る。口では上手く言い表せないが、中島元彦選手がトップチームに昇格しなかった理由やベンチにも入れなかった理由が、少しだけ見えたように思えたのだ。

先日見たフィンセント・ファン・ゴッホの絵画展と映画を見たから特に感じるが、人にはそれぞれタイミングというものが存在しており、そのタイミングを逃すと次にまったく同じような状況が来るなんてことはほぼ無い。僕もそれらを多く逃してきたので感覚的に分かってしまう。

どうしてこんな感情を持って人間という生き物は生まれてくるのだろう。それは人間は生身であって機械では無いからだ。 0と1だけに支配される世界と近づいたり距離を置いたりできるところに人間の複雑性が現れるからだ。そんなことを中島選手とファン・ゴッホから感じ取れた。

こんな文章を書いたらまた「こいつは変わった奴だ」認定されるだろう。そう。今月から手書きノートに戻した。書くことの素晴らしさを思い出した。人間の不安定さは手から出るものが一番だ。レゴ®シリアスプレイ®に惹かれるのも無理はない。僕の手は0も1も勿論絵だって書ける。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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黒パグ、「一粒万倍日と天赦日が重なる日」に、病院へ行く。

一ヶ月前に狂犬病注射とフィラリアの薬をもらいに通院した際、その帰りしなに先生から「来月、混合ワクチンを打ちに来て」と言われた。なので、この土曜日に黒パグを連れて病院に行ってきたのだが、そこで起こったことを書いてみる。 雨が振りそうな天気でもあり、どのワンコも早めに連れて行こうかなとなったのか、病院は思いのほか混んでいて密だった(とは言え3人しか入れない)。しばらくして僕らの番が回ってきたので、黒パグと僕はドアを開けて診察室に入った。 「変わりはない?」「あー、ちょっと時々お腹周りを布団でスリスリすることがあります」「じゃあ診察してみよう」ということで色々と診てもらった。黒パグの全体を見てもらったのちに先生が「うん、これは外耳炎」。え?耳ですか? 思いも寄らない回答だったので一瞬面食らった。先生は薬と綿棒(みたいなやつ)で耳の治療を始めた。黒パグと目が合ったので軽く覗き込んでみたら、「顔を見ない!」と先生から一喝された。治療中にワンコが集中できないからだそうだ。 良かれと思ったら叱られた。気を取り直して見ないようにしていたら、今度は黒パグに猿ぐつわが装着されていく。目と口をカバーするようにセットされたこのワンコはついに暴れることを諦めてしまった。大人しく治療を受け入れ始めた。 そしてようやく耳の治療が終わり、混合ワクチンの注射が終了して帰ろうかと思った瞬間、思いがけない一言を先生から聞かされた。「カビですね」。どういうこと・・・。要はこの時期、お風呂に入ったあとのケアが必要だということだ。 ツイてない日だったのかもしれないと心が叫びたがっていたが、未だ病院は密でもあったので止めておいた。少々想定外の出来事ばかりが起こったので、今日は厄日かよ、と思ってしまう。僕らはかゆみ止めなどの薬をもらって家路に着いた。 いやいや、待てよ。まったくもって厄日なんかじゃない。そうだ。今日は「一粒万倍日と天赦日が重なる日」だった、と宝くじ売り場を見て思い出した。まじまじと宝くじ売り場を見てみる。TOTOやBIGを見て、改めてサッカーの再開を喜んだ。 宝くじでも買ってみるか。「ドリームジャンボ20枚お願いします!」。店員さんが首をかしげている。「ドリームジャンボは終わったよ」。暑さで舌を大きく出しっぱなしの黒パグがこちらを見ていた。まるでニヤニヤ笑っているようだった。 NEVER STOP

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