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「問い」と「合意」。

4月の新シーズンになって初めてレゴ®シリアスプレイ®ワークショップを実施した。短時間ではあったのだが、15名程度の新規プロジェクトにおけるキックオフにおいて「自己紹介」とプロジェクトを遂行するにあたっての自分自身の「羅針盤(ガイド)の構築」。

スキルビルディング(準備運動)から本番に行くに連れ、参加者の本気度が上がっていく様を見て、レゴ®シリアスプレイ®の本質というものを改めて感じることができ、力不足なファシリテーターではあるがかなり満足したワークショップになったような気がしている。

今回「問い」には相当苦労した。状況を知っているだけに、「難しいがアウトプットしやすい」問いにどうすればできるかを非常に苦慮した。レゴ®シリアスプレイ®とは全員が参加し全員が意見を出し全員で「合意」すること。毎回、まずこれを肝に銘じて設計書を作る。

時々「普段の会議でも全員に意見を求めて合意している」と苦言を受ける場合もあるが、全てはないが多くの会議では合意ではなく「同意」を求めている場合が多く、それは上下関係やしがらみ、過去の仕事などによって左右されてしまうことも多々あると感じている。

人それぞれにが個性があり考えがあり思っていることは違う。それはレゴブロック例えば赤いブロックひとつとっても、これを「情熱」と呼ぶ人もいるし「止まれ」だと言う人もいる。はたまた「野球チーム」と言うこともできるし「ブレーキランプ」でも間違いはない。

そんな、組織の中のひとりひとりが個性を発揮し心理的安全性が確保された中で、フル回転させた手から導き出される極上の言葉を聴く。意義を「問い」そして全員の意見を結集した「合意」を見つけていくことのお手伝いをしていきたい。更に努力を積み重ねていく。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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入退院あれこれ。

話題になっていたあのアメリカンフットボールの試合。テレビで問題のラフプレーシーンを見た。悪質極まるプレー自体に憤りを感じるとともに、被害を受けた選手の怪我が早く治ってほしい、そして、選手生命が続くよう祈るほかはない。

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四半世紀の変わり続けない光景。

腹部が痛すぎる。立っていても痛いし座っていても痛いし寝ていても痛いし。おまけに生理現象の全てが腹筋で成り立っていることを改めて知る。果たして社会復帰は可能かと疑いたくなるが「その程度で言っててどうする」と叱られそうだ。
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