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昭和、平成、令和。

昭和生まれの自分ではあるが、やはり30年近く続いた平成という時代のイメージがことのほか強い。最近では西暦に慣れてしまっているせいか元号を書いたりすることがめっきり減ってしまったが、意識だけは常に頭の中に存在し、こびりついて離れないのが実情だ。

平成の元号発表の際はまだ高校生だった。その時は「ふーん変わるんや」くらいにしか感じていなかったが、いろいろと経験を積み、考えることが人並みに多くなった今、こういった出来事を静粛に受け止め、なぜだか気持ち穏やかな状態で受け止めている気がする。

そんな中でも最近は昭和時代(そんな呼び方があるのかは不明だが)のことを懐かしむ声も多く出てきている。先日もとあるフェイスブックグループにお誘いを受けて書き込みを見たりしていたら、なんだかホッとする瞬間があった。もう相当に歳を取ったのだろう。

良いことも悪いことも引っくるめて「歴史」と呼ぶ。既に記憶が薄れ始めている「昭和」未曾有の災害により心を痛めた「平成」そして次に来る「令和」という時代は、どんな世界に導くための元号となるのか。ちょっとの不安と大きな期待を僕はポケットに入れる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


※上手く書けないもんですね・・・

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