スキップしてメイン コンテンツに移動

簡単なお仕事の最高の締めくくり方。

ここ数日で「最近東京スカイツリーの写真がアップされないじゃないですか」というご指摘を頂戴することが多い。もちろん引っ越しをしたからなのだが、僕に「ツリーの人」というイメージが付いて回っている。嬉しいことなのか寂しいことなのかは分からないが。

近所に建ったのをきっかけに撮り続けた東京スカイツリーの写真は5,000枚程度。プロの方とは比べ物にならない些末なものでもある(iPhoneでの撮影でしかないし)。こんなことを書いている時点でおこがましいが2008年くらいからの約10年、年500枚は多いか少ないか。

毎日見続けてきて分かったこともある。東京スカイツリーには顔がある。見る角度によって様々な表情を垣間見ることができる。晴れの日、雨の日、風の日。イベントや朗報、ときには悲劇もその姿を配色を駆使して表現する。それらを記録に留めるという簡単なお仕事。

ここ数年ではSkytreefanというサイトも立ち上げた。特に外国人向けに東京スカイツリーの日常や表情を見てもらう機会、関心を持ってもらい、2020年の東京オリンピックの際には是非近所に立ち寄ってもらって交流を深めたいとも思っていたりしたのだが、遂に潰えた。

先日、墨田区役所を訪れるとき、最後の一枚に良い写真を撮りたいと思い、僕はiPhoneを構えた。その刹那、カップルの外国人が話しかけてきた。いつもなら微調整しながらなのだが僕は慌ててボタンを押し、彼らの話し相手になった。「浅草寺に行きたい」のだと言う。

僕は、目と鼻の先に存在する浅草寺の場所を「Over there」のひとことで終わらせた。我儘だが、最後の東京スカイツリーの出来栄え、というより撮り直しを考えていた。iPhoneの写真アプリを開いて確認する。・・・なんだか良い。この写真を使うことに決めたのだった。

少し罪の意識に苛まれた僕は雷門に向かうこのカップルの後ろ姿を目で追った。何かを察知したのか彼らは振り返り、そして目が合う。お互い親指で合図を送り合ってその場を離れていく。簡単なお仕事の最高の締めくくり方だ。僕は誰にも気づかれることなく小さく笑った。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コメント

このブログの人気の投稿

子供向けイベントのハシゴは修行とも言う。

繰り返し言うことになって恐縮だが、いきなり走り出したり何かを振り回したりする予測不能な動きや、見たまんまのことを発言してしまう子供が大の苦手だ。そんな僕がまさかそっち系統のイベントのハシゴ修行になろうとは誰がいつどう想像しただろうか。

午前中。ロボットを使ったプログラミングイベントのスタッフとして。子供が意味もなく走り出す。お、おぅ・・・。まあ大人になっても走って転んでスーツが破けて「お母ちゃんに怒られるー」とか言ってる人もいたので、子供だからというわけではなさそう。

そんななかでなんとか頑張ってお助けしようと頑張ってはみたものの、いろいろとなんちゃらオーラでも醸し出しているのか上手く噛み合わない。だが、子供とコミュニケーションが取れないわけではない。ゴール裏などでは一緒に応援していたわけなのだから。

午後は場所を東京ビッグサイトに移してMaker Faire Tokyoというものづくりのイベントを見学してきた。このMaker Faire、まさに子供のための催しといっても過言ではないが、新しい取り組みや面白い試みをしている団体を見るために、ここ数年は通い続けている。

昨年は鹿島アントラーズとKDDIのコラボによるサポーター向けのIoT(モノのインターネット)グッズが展示されていた。サッカー関連を見つけられなかったのだが、例年同様多くの団体のロボットやセンサで社会を変えようとする思いが素晴らしいと感じた。

そしてこのMaker Faireも例にもれず子供、子供、子供。どこまでいっても子供。風船バットを振り回す子供。なぜかいきなり走り出す子供。思ったこと感じたことを叫けぶ子供。なんとかそんな大量の子供たちのなかで僕は気持ちを整える。理解しようとする。

勘違いしてほしくないのだが、子供が「嫌い」なのではなく「苦手」なのだ。予測不能な動きや見たまんまを叫ぶ子供が苦手なのだ。朝のお勤め終了後、ユニフォームを着替えていた。たまたま見てしまった子供が僕にこう叫んだ。「あの人、気持ち悪いー」。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。存在の意義を考える。

東京に来て以来、毎年8月15日になると靖国神社に向かうようにしている。あの戦争について知っていること知らないことがまだまだ存在しているのだが、今年は知覧に行ったこともあり、より強い気持ちを持っている自分がここにいる。決して忘れてはいけないと。

以前、ブログでも書いたのだが、最近あの戦争について様々な書物や映画をよく見るようにしている。元来幕末期や明治維新が好きで主だっていたのだが、日露戦争から昭和初期にかけての歴史や文化、終戦に至るまでの道程や他国との関係性など非常に意味深い。

73年前の8月6日9日にふたつの街を襲った悲劇。頭の中から消えることはないが、残念ながら意識して思い浮かべるなどできていない気がしている。そんな終戦記念日まであと数日となった昨日。サンフレッチェ広島とV・ファーレン長崎の試合が広島で行なわれた。

この試合をアミーゴが「ピース・ダービー」と呼んでいた。呼び名がどうこうというわけではないのだが、この試合がこの時期に行なわれることの意義についてだけは改めて考えさせられる。原爆ドームと平和祈念像の前に立ったときのあの感覚をふいに思い出す。

僕が40年余りをともに過ごしてきた戦後の七十余年。こんな悲惨な戦争が二度と起こることのない平和な世界で行なわれるサッカー。多くの先輩方のおかげで今、このようにサッカーを人生の一部にして生きていくのが可能となったことを感謝しきれないほどだ。

せめて、毎年この期間だけでも”平和な世界でサッカーを”を考えることができれば、歴史は忘却の彼方に向かわない。サッカーができる幸せ、サッカーを見れる幸せ。戦争を知らない僕らがサッカーを通じて知る存在の意義を、噛み締めながら一日一日を大事に。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「声なき声」に耳を傾ける。

我が事で大変恐縮ではあるが、一年越しの目標だった「LEGO®︎SERIOUS PLAY®︎(レゴ®シリアスプレイ®)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター」として正式にスタートを切ることになった。これから先が本当に楽しく未来がとても待ち遠しい。

このブログでも書いてきているがレゴ®シリアスプレイ®を端的に言うと「コミュニケーションと意思決定のための”問い”を出席者全員で考えていく」。もっとざっくりと乱暴に言うと「声なき声に耳を傾ける」。もしかするとそのワードがしっくりくるかもしれない。

企業でも学校でもどこでも起こってしまう「声が大きい人」「同調する人」「萎縮する人」「どうでもいい人」の組み合わせ。いわゆるニッパチではないが二割の意見がほぼ全ての結論に導かれてしまうのが、この普通の会議のどうしようもないところではある。

口では言う。「全員の意見を聴く」「何か意見は無いのか」「書いてみよう」。そんなもので絞り出されたような意見が、果たして本当に求めていたものなのだろうか。我々は何か思い違いをしているのではないだろうか。僕はいつもそのような思いを感じていた。

そこで一年前、初めてレゴ®シリアスプレイ®と出会った。「声なき声」に出会った。形から考える、考えから形にする。大事なのはそんなシンプルなものだったのに、長年蓄積された経験やカンや勢いという、言うほど意味の無いものに縛られていたことが分かった。

何度も何度もファシリテートすることでそれは疑問から確信に変わった。レゴ®シリアスプレイ®によって溢れ出す「声なき声」は本当に素晴らしく、まさにイノベーションを起こすためのひとつでもあった。僕が選択したことは間違いではなかったと今ようやく言える。

そんなレゴ®シリアスプレイ®に、もっと多くの方が関心を持ってもらえるよう努力していきたい。日本国内には今、400名のレゴ®シリアスプレイ®の認定ファシリテーターがいる。その先輩方、同期のアミーゴと共に、「声なき声」に応えていきたいと思っている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP