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雑誌。

2018年シーズンに向け各クラブの補強が着々と進んでいる。我がセレッソ大阪も然り、獲得、残留、移籍というフレーズが飛び交っている。まだ確定していない選手もいる状況下ではあるが、近々キャンプも始まる。何とも早い一年のスタートである。

そんな中、久しぶりに雑誌というものを欲しくなったのである。子供の頃はそれこそ雑誌好きで、週刊ジャンプや週刊マガジンなどの漫画雑誌やマガジンやダイジェストのサッカー雑誌、それ以外にもIT関連雑誌などを結構買っていたくらいである。

しかしながらもう10年ほど本気になって雑誌を買うことなんて無かった。時代の流れではあるのだろうが、インターネットにある記事のほうが鮮度が高いし一週間ましてや一ヶ月遅れの情報に何の意味があるのか、そう思うようになってしまっていた。

そんな折に今回、2冊の雑誌が目について衝動買いをしてしまった。良いか悪いかは別にして雑誌の衝動買いというものに何故だかドキドキした。年間で書籍を80冊以上読んではいるので本を買うことに抵抗感は無いのだが、この感情は一体何だったのだろうか。

そのうちの一冊が「サッカーダイジェスト」。表紙を見た瞬間に手に取ってしまった。なんならおまけにポスターも付いている。セレッソファン・サポーターとしてこれほどの嬉しい雑誌はないのではないか、そう思えるような代物だったのである。

中身を見たらそれほど求めていたものでもなく、己にとって有益かと言われると疑問符を投げかける内容ではあったものの、様々な写真や記事を見てニヤニヤしてしまう自分がいたことも紛れもない事実。ネットでは味わえない雑誌ならではの感覚だと思う。

時代の波に飲まれて雑誌の廃刊も続いているという。とは言いながらも復刻したりする雑誌もあるわけでまだまだ雑誌の力は侮れないのではないだろうか。手に持って馴染むあの紙の感覚や独特の匂い。時には雑誌も買うものだとしみじみ感じたのだった。

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