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イチを何かに変える。

セレッソ大阪が遂にキャンプインした。今年も流石に見に行くことは叶わなそうなので、Twitter等のSNSで逐一チェックする。今季はカップ二冠王者としての誇りを持って戦うシーズンでもある。常に全力を出して戦う姿勢を今年も見せてもらいたい。

さて話は変わる。御存知の通り筋金入りの幕末明治維新オタクを自称しているのだが、正確に言うと明治中期くらいまで追いかけている。明治維新というカオスな時代と、近代国家として世界の中での日本が形成されていく時代、まさにその両方である。

特に幕末明治維新で名を馳せた方々が明治の世になってどのように変わっていったのか、また変わることなく生き続けたのか。そういう意味ではゼロをイチにするよりも難しい時代として、日露戦争くらいまでのほうが、とても印象に残る人物が多い気がする。

現在、松岡圭祐氏の「黄砂の籠城」という本を読んでいる。大抵の日本人が、聞いたことはあるが殆ど知らない「義和団事件」に立ち向かう日本人を描いた小説である。そう書いている僕も正直、義和団という言葉だけが頭に残っている程度の知識だった。

このあまり馴染みの無い義和団事件。改めて調べたりしてみると物凄く多くの出来事が起こっている。現代の日本人にも通ずる様々なシーンに目頭が熱くなる。日本人としての誇りというものが一体何なのか。何か身体の中に芽生えるものも少なくなかった。

まだ上巻のみ完読しただけなのだがこの本が素晴らしい作品であると既に感じ始めている。大胆且つ細心、敵を知り、そして自分自身の脆さを理解して善処する。日本人が日本人としてやれることを全力で行ない困難に立ち向かう姿。早く下巻を読みたい。

セレッソ大阪にとって、この2018年は正念場とも言える。今季はまさに「ゼロをイチにする」時代から「イチを次のステージへ押し上げる」時代へと変化している。そしてその変化を継続することは、とても厳しく難しいものだということのも分かっている。

イチの次ははたして何処になるのか、そこに立ち向かうために大事なことは何なのかを常に考えていくと同時に、今季も外国人選手と日本人選手との息の合ったプレイで観客を魅了し続けて欲しい。その中で是非日本人の誇りを体現してもらいたい。

そう言えばこの義和団事件。今年ワールドカップを開催するロシアを含む八カ国の連合軍だったようだ。この本を読んで個人的にまだまだ歴史の勉強不足が否めず精進が必要だと感じた。これからも多くの事を学び、知り、そしてイチを何かに変えていく。

もっともこの事件によって日本とロシアの対立そして日露戦争へとつながっていくのではあるのだろうが、ワールドカップを機会に両国の歴史を学んでみるのも悪くないと思った。せめて一試合くらいはロシアで見たい。行くとなると21年振りである。

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コメント

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スカイウォーカーがまたひとり。

毎年のことだがどれだけ忘れれば良いのかと思うくらい忘年会の予定が入っている。多くの方々と2019年について語り合うのは本当に楽しいし学びの場でもある。今年の年末はセレッソ大阪関連の試合もほぼ無いに等しいので、できうる限り参加したいと考えているがどうなるだろうか。

年の瀬は良い映画が目白押しとなる。素人映画好きを自称する身としては楽しみが止まらないわけだが、シリーズが完結する作品もあったりと悲喜交交な毎日を過ごすことになりそうな予感の今年の師走。そこに、別れという言葉は不釣り合いなのかもしれないがひとつの決断があった。

先日にも書いたのだが、この時期の選手の去就についてはサポーターとして一喜一憂の毎日でもある。我らのクラブも同じで、加入する選手がいれば去っていく選手も当然存在する。プロなので当たり前といえば当たり前なのだが、それでも、同じチームの仲間と離れるのは本当に辛い。
誰もが一年に一度歳を取る。僕は選手じゃ無いのでなんとも言えないのだが、戦術に合う合わない、若手の台頭などもあるにはある。しかし、自分自身のプレーが満足にできなくなっていくことも大きな要因であるのではと感じる。これは決して選手の立場だけでは無いのかもしれない。

サポーターも勿論同様だ。セレッソサポーター第一世代と言われる年齢は相当に高い。スタジアムに来れなくなる人、セレッソ大阪から距離を取る人、若い頃から変わらずに続けている人、それぞれだ。そしてそれはまさに四半世紀を超える歴史を持つクラブだからこその勲章と言える。
そのような方々も選手と並ぶ”レジェンド”であると僕は声を大にして言いたいのだ。ご本人からしたらそんなことなど微塵とも思っていないだろうが、あの大きな旗に勇気づけられたのは、選手だけでなく声を作り出していた役目の僕にとっても心からのリスペクトしかないのが本音だ。

そんなレジェンドがまたひとり。だがこの御方もセレッソ大阪との絆が途絶えることは死ぬまで無いのだろう。そんな、僕にとってのスカイウォーカーのようなアミーゴに囲まれている人生が途轍もなく素晴らしい。歴史に一筋の皺を刻んだ方々への、感謝の思いをこの師走に乗せたい。

彼の”ラストマッチ”を大分で見れるのはこの上なく幸せだ。しかもゴール裏で。
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セレッソ大阪サポーターの歴史の話でもしようかなと。

Jリーグが3月に開催予定していたすべての試合を延期すると発表した。苦渋の決断でもあるし理解もできる。この状況で数万人規模のイベントは難しい。どのような日程になるのか。全試合を消化することが可能なのか。沈静化すらしていないなかでまだまだ余談を許さない時間が続いていく。

もちろん大人数の飲み会などというものも中止になっていく。今日も元々予定が入っていたのだが数日前に連絡が来た。まあ当然のことだろう。少しでも集団感染の危険性を回避できるよう、日本にいる全員が意識を高く持ってことに当たらないといけない、と改めて感じている次第でもある。

意識を高く、で少し思い出したことがある。とある事情で歴史を整理する仕事をしているのだがこれが結構骨が折れる。実施当時はそんなふうに何かを残していくことの意識がとてつもなく低く、あとに残された者に託された頃にはかなり大変な状況にもなる。企業などでは実によくある話だ。

多分サポーターもそうだ。Jリーグの各クラブでも「脈々と受け継がれる」ケースと、「そのもの自体取って代わられる」ケースの両方が存在している。国家の事例と比べる気などさらさら無いのだが、世界の中で日本という国の歴史がここまで続いてきたという話と、どこか似ている気がする。

セレッソ大阪のサポーターの歴史をまとめるのはそれほど難しく感じない。たとえゴール裏にいるメンバーが代替わりしていこうと「脈々と受け継がれ」ているのだろう。それは未だI4にいる古参のサポーターの方のおかげでもあるし、受け止める若い方々のおかげでもある。それこそが凄い。

そして、若い方々にはもっとセレッソ大阪サポーターの歴史を知ってもらいたいし、逆に僕らは意識を高く持ち、それらを伝えていかなければならない。そんなことを毎日のように考えている。落ち着いた頃に話をする機会を設けたい。その頃にはきっと格好の場所ができあがっているはずだ。

僕らのJリーグの火を灯し続けたいと思う。明日からは枠が許す限り(というか自分の裁量やろうが)歴史の話を多く取り入れていきたいなとも思う。ちょっと老害に近い状況を生み出すかも知れないが、それも歴史の一部だと思って受け止めてくれれば幸いである。さていつまで続くのやら。

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セレッソ関連。ミーティング三昧。

名古屋、大阪と旅をしているあいだにJリーグが新たな方針を発表した。3月15日までとしていた延期のプランを、4月再開催まで延ばす可能性があるとのことだ。「僕らからJリーグを取ったら一体何が残るのか」と思ってしまう方々同士で、お互い肩を抱き合って慰め合う日々が続いている。
そんななか、来年から我がクラブが利用する予定の「桜スタジアム」建設状況を見に来てみた。メインスタンドが結構な出来っぷりだ。どのような完成図なのかあまり知らないくせに、偉そうにスタジアムについて語ってよいのかと自分自身も思ってしまうのは”らしさ”と受け取って欲しい。

さて、二日目の大阪も当然ながらミーティング三昧。気の合ったアミーゴたちと対話する日々は充実していて本当に楽しい。昔からそうだがセレッソ大阪に関する案件。次から次へと新しいアイデアが生まれていくのでいつまで経っても話が尽きない。今日はそんなことを改めて実感している。
なんでこんなに楽しいのだろうか。やっぱり何かを創り上げていく過程が僕は好きだ。既存の仕組みを取っ払った、まさに、今までにないもの、今までになかったもの、僕らじゃないとできないもの、僕らだからこそ面白いもの。そんなものが近々に生まれる予感がしているのは伊達ではない。
新たな取り組みなので内容はまだまだ明かせないのが非常に辛い。これからは少しずつでもオープンにしていけるだろうか。考えているだけじゃなく動いてみるのが一番。「案ずるより産むが易し」。しっかりと準備をして、皆さんにお伝えできるよう、今後も努力していきたいと思っている。

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