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七つの会議に見る素晴らしき「顔芸合戦」。

この週末、一本の映画を見に行ってきた。それが「七つの会議」。作家である池井戸潤さんのいわゆる”企業モノ”。以前にNHKで放送していた、東山紀之さん主演ドラマ版を数年前に見たことがあったのである程度筋書きは分かっていたのだが、ある意味驚かされた。

企業というものは、多かれ少なかれ同じようなことがあるようにも思える。もちろん、規模の大きさや緊急度合い、重要度合いなどを考慮しなければならないのは尤もではあるが、難しい選択を迫られるケースが多々ある。ということを身に沁みてしまうような映画だ。

とにかく出演している俳優さんが凄い。先日見た「マスカレード・ホテル」でも感じたのだが、やはり、ベテラン俳優さんは顔の表情一発で観客(僕)を納得させてくれる点については異論の余地がない。ここまで変われる(豹変できる)才能は、正直素晴らしいな。

話を内容に戻す。人間という生き物は「正直に生きる」のが如何に難しい動物であるかを分からせてくれもする。今改めてサピエンス全史を読み直しているが、ホモ・サピエンスの残虐性というか何というか、そういうものを目の当たりにしているような気がするのだ。

会社勤めの方には是非とも見てほしいなと思うし、そうじゃない方も損はない作品。人間の奥深くにある感情を、顔に乗せて僕らに伝えてくれるこの映画。見れば、いちファンで関係者でもなんでもない僕がこの「顔芸合戦」をお薦めする理由を分かってもらえると思う。

開幕戦で激突するセレッソ大阪とヴィッセル神戸の試合。特定の選手の特定のドロドロによって因縁じみた形になる可能性もあるが、できれば、彼らには彼らなりの「顔芸合戦」を期待したいとも思う。まあ、良いサッカーをすることが前提で、のことでもあるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


※ヒガシさんのも是非見てほしいなと思います、はい。こっちもめちゃいい。

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子供向けイベントのハシゴは修行とも言う。

繰り返し言うことになって恐縮だが、いきなり走り出したり何かを振り回したりする予測不能な動きや、見たまんまのことを発言してしまう子供が大の苦手だ。そんな僕がまさかそっち系統のイベントのハシゴ修行になろうとは誰がいつどう想像しただろうか。

午前中。ロボットを使ったプログラミングイベントのスタッフとして。子供が意味もなく走り出す。お、おぅ・・・。まあ大人になっても走って転んでスーツが破けて「お母ちゃんに怒られるー」とか言ってる人もいたので、子供だからというわけではなさそう。

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