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心を届ける。気持ちを届ける。

冬のスポーツはからっきし駄目なタイプなのだが、見るのは楽しめるタイプである。ジャンプのダイナミックさ、スピードスケートの速さなどに感動したり、またカーリングのような緻密さ、フィギュアスケートの美しさに驚嘆してしまう毎日だ。

例えは古いかもしれないが”ウインタースポーツ音痴”の僕のような人間にとって、冬季オリンピック出場選手は「代弁者」なのだ、時々そう感じてしまう。自分に出来ないことを代わりに体感し、そして見る者に感動を与えてくれる存在であると。

メダルの有無に関わらず全ての競技選手の中にあるドラマをひとつひとつ知るたびに、冬だろうが夏だろうが、スポーツというものの素晴らしさに感動以外の言葉が見つからなくなる。それはひとつとして例外はないと思う。

そしてその選手たちの後ろには彼らを支える多くの方々もいる。家族、技術指導をしてくれるコーチや体調管理を促すトレーナー、食事に気をつかってくれる調理師さんや身の回りのお世話をしてくれるマネージャー。勿論応援する観客も然り。

人間は、たったひとりでは何も出来ない生き物だ。支えあって励ましあって時には叱咤激励も含めて人と人との”気持ち”で成り立っているといっても過言ではない。だからこそここ一番で実力を発揮できたり、苦しい時に最後の力を振り絞れる。

我々サポーターも同様だと思う。選手は我々に代わりフィールドで戦ってくれている。だからこそ我々は心の底から彼らに”気持ち”を届ける。その思いは必ずや選手に伝わっていく、気づいてくれる。そしてそれが最後のひと足を出す力に変えていく。

「心の代弁者」というとなんだか重くなってしまうが、個人的にはその思いがかなり大きい。選手がそのような多くの”気持ち”を背負って戦っていることを知る。たとえ声にならなくても、その”心”がスポーツを見る側には一番大切なのだと思う。

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第29節 大阪ダービーマッチ。

文章を書く気分になかなかなれない今日。地元の祭りなどに足を運んでみたもののなんだか何かが抜け落ちたようになってしまう。だからといってムシャクシャした気持ちをぶつける先もない。世界中のサッカーファンが一番悲しむ日を、まさに体現しているようだ。

「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。

だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

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次の荷物は誰が背負うか。

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その中でも南野拓実選手の二試合連続ゴールはかなり痺れた。ボールの受け方、ターン、持ち出し、そしてキーパーを確認する余裕すらあるフィニッシュ。完璧なプロセスは当然のことだが大阪時代よりもキレが良くなっている。セレッソアカデミーの賜物でもある。
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再セットアップで手に入れたもの失ったもの。

先日リリースされたばかりのmacOS Mojave、さっそく我がMacBook Proをアップデートした。その途端といってはなんだが斯々然々でウイルスバスターが動作しなくなってしまった。いろいろと試行錯誤を繰り返したのだが健闘むなしく二度と動くことはなかった。

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