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投稿

適当だけど「上を向いて歩こう」。

今日。6月30日。ちょうど2020年の折り返し地点に僕らはいる。この駄ブログで再三再四書いてきたが、元旦から(厳密には昨年末の12月28日から)毎日投稿し続けてきたわけで、今日がその半年の節目ということになる。感無量も何もない。 ちょっとだけ読み返してみる。考えてみたら実にくだらない言葉のオンパレードだ。読む人の感情などまるで無視したかのような。そんな状況のなかでも「ブログ見たよ」と言ってくださったりコメントをいただけたりと本当に幸せを感じる。 タイトルにある「dobroサッカーショップ蹴球堂オーナーの憂鬱。この狭い世の中を適当に歩いています。」。・・・後ろしか合ってないやん、と遠くから怒りの声が聞こえる。適当過ぎる内容と格好だけフレーズ。まさに「適当」が似合う。 しかしながら、文章を書くにもかなりのパワーを振り絞っている(のが見えなくていい)。中々進んでいないのはたぶん気力が衰えているからだろうか。そういった状況の中で、自分自身の気持ちをぶつけていく先がこの駄ブログでもある。 先程、久々に筆を進めた。いまサッカー関連の小説っぽいものを書いている。とてつもなく偏屈な内容はまだまだ明かさないほうが身のためだ。文章を書くことで平静を保っている僕としては、これからも何かを記していくしか、道がない。 そんな駄ブログ半年投稿記念というわけではないのだが、すき焼きを作ることにした。当たり前だが割り下なんてものは使わない。醤油と砂糖と日本酒でしっかり作る。適当っぷりを全面に出し、これらをササっと入れる。良い味になった。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

歴史の掟。

週明けの月曜日。土日を含めて、とにかく今週も色々と周りに何かがやってきて、なにかと僕を楽しませてくれる。そこにはもちろん、良いことだけでなく悪いことも一緒にやってくるわけだから、人生とは、仕事とは、実に面白い物語だ。 今読んでいる書籍にもそんな歴史の中での浮き沈みが書かれており、共感を持って読書に勤しんでいる。やはり歴史というものは儚いから尊い。歴史は必ず勝者が書き換えるものであるわけで、後々の世に伝えられるときには、既に虚構だ。 ある意味、真実というものはぼやけてしまい、正否などはどこか彼方へ飛んで行ってしまう。歴史を愛する者からすれば、まあそれはそれで良いと思ってしまうし、それが歴史の掟だとするのならば、そのような真実も受け入れるほかない。 セレッソ大阪の歴史もすべてが美しいものばかりでもない。前述のように「書き換えられた」事柄も少なくないようにも思える。クラブがあり利害関係者がいて物事は成り立っていると言っても過言では無い。バルカン路線などいい例だ。 そんなことを思ってしまった今日。ようやくサッカーショップ蹴球堂BASE店に商品を掲載させていただいた。「SUPER DOBRO #22」Tシャツ。この言葉をクロアチア人アミーゴに教えてもらってからはや18年。月日が経つのは本当に早い。 歴史は歴史のまま描くほうが僕は良い気がする。とにかく今はこの”J最強ディフェンダー”とともに前に向かって歩き続ける日々が嬉しい。そういやメッセージ付き画像を送り忘れていて、先程コールリーダーに送信。これも歴史の掟である。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

物理的な「人と人の距離」をどう考えていくか。

J3の開幕戦であるセレッソ大阪U-23と鳥取の試合を見ながら、数字やデザインなど黙々と仕事をしている。もともとからデスクなどを含めて自宅で仕事できる環境があるおかげで、非常にワークライフバランスも充実している気もする。 ニュースなどを見ていると「ストレスが溜まっているので飲みに行く」なんていうワードが飛び交っているが、元来が出不精なのでそれほど感じることはないのが救いだ。そんなストレスも「つながっている」気持ちでクリアしている。 それでも、オフィスでの仕事となると非常にデリケートになってくる。「職場で働く」っていうシステムは本当に難しいなと思う。ひとりひとりに思惑もあり考えるべき事柄が非常にたくさんある。 このようなコラム が掲載されている。  今DAZN観戦しているリモートマッチのキックオフ直前もそうだが、入場も整列もソーシャルディスタンスを保っての状態。もちろんオフィスもそうだ。どうしても人と人の距離は今までのようにはいかない。では日常ではどうなのだろう。 距離を多く持つとそれだけ感情が伝わりにくい、保つ距離の量によって上からの評価が変わってしまうのも問題(それ以上かも)だ。人と人の距離が物理的なものに影響され、制限されてしまう時代は、ここでもう終わるのかもしれない。 サッカーの世界もそうか。縦105m横68mのピッチ内における人と人の距離。既に横幅を目一杯使ったサッカーが当たり前ではある。流石にコンタクトの接近戦は仕方ないしゴール後はどうしても接触してしまうのも、人の常と言えてしまう。 精神的な距離の壁と同様に物理的な「人と人の距離」をどう考えていくか。社会の一員として改めて前向きに捉えるとともに新たなマインドそして行動を意識していきたい。まずはこのカエルとワンコとの距離を・・・あ、人では無かった。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

再開に思う。

僕らのJリーグが始まった。こんなに待ち遠しい気持ちで迎えたのはいつ以来なのだろうか。開幕戦もたしかに高揚感があるが今回はまた違った思いでもある。仕事の関係でU-23の試合自体はまだ見てはいないが、開催されるだけで十分嬉しい。 ここから水曜日と土曜日には試合が行なわれるという過密日程。そのほとんどがリアルタイムで見れないんじゃないか。多分想定通りになるだろうが、それだけ楽しみが多いと思えばいいか。出来る限りポジティブにいければそれだけでいい。 もともと「リモーター」だったのだから観戦自体はそれほど苦ではない。しかしながらヨーロッパの試合を見ていて感じる「音」。やはり、歓声というものがサッカーにおいて非常に大事なことを改めて理解する機会を貰えているのでもある。 まずは今日の試合を見たいのだがもうこんな時間か。明日にでもDAZNの見逃し配信を見よう。そういえばサポーター全員がリモーターになった瞬間のアクセス状況はどうだったのだろう。IT屋としてはとても気になる項目なのでもあるのだ。 この再開の日にF.C.OITO、サッカーショップ蹴球堂にお越しいただいたようで本当にありがたい話だ。まだまだアイテムも少なく選ぶ楽しみが足りないのは重々承知のうえ。今日も「あれ作って」とオファーが来た。開幕とは、そういうこと。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「三日坊主」からの脱却。

この駄ブログもあと数日で半年間毎日書いてきたことになる。「内容が無いよう」「時間の浪費でしょ」という厳しいご批判を背中に受けながら今日もひたすら書き続けている。それでもここまで継続して書くことができるのはありがたい。 子供の頃は本当に「三日坊主」だった。いや、厳密に言えば、やりたいことは続くが、やりたくないことや辛いと感じることはだいたい続かなかった。一体いつ頃からこんなに我慢できるようになったのかと思えるくらいの変容ぶりなのだ。 そういう背景を持ちながら、毎日続けられているものは思いのほか多い(人はそれを惰性と呼ぶのかもしれないが)。この駄ブログに健康に関するもの(体温、血圧、体重、食べ物、飲み物など)のログ。読書はもちろんのこと、英語然り。 いつも書いているが、多分若い頃と比べて時間の使い方が上手くなったのではないか、そう感じている。そのなかでもある言葉に影響されたような気がする。「諦めたときが失敗であって、チャレンジしている限りはそれは失敗ではない」。 そうか、やり続ければいいんだ。僕はそう心のなかで思った(のだと思うがそれがいつだったのかも分からない)。だが、そのマインドが活かせるような良い時代と、どうしようもなく悪い時代も代わる代わるやってきてしまうのは仕方ない。 良い時代と悪い時代の概念は何なのか。改めて考えてみる時間がこのコロナ禍では多かった。ビジネスのこと、サッカーのこと、そして趣味のこと(サッカーが含まれていないことに意味がある)。時間の考え方ひとつで色々変わってきた。 時間が作れたおかげで本だけじゃなくて好きな映画もたくさん見ることができた。なんとなく生きるのではなくて、人生という時間のなかで生きているのだと実感するのが大事だ。それを気づいた頃から、僕は変わっていったのだと感じる。 しかし、まだ「三日坊主」からの脱却ができたわけではない。相変わらず嫌なものは続かないし、我慢できないことも多い。だから僕は「なんとなく」をできる限り排除して生きていく。なんとなく、はこの駄ブログだけにしておこうと思う。 来週は二十代の若者と一緒に緊急事態宣言後初のレゴ®シリアスプレイ®による対話を行なう。そんななかで今の自分の心持ちについて作品にしてみたのだ。やはりレゴブロックで組み上げているだけで落ち着く。これだけは一生続くのだろう。 NEVER STOP,NEVE...

前に進むために。手始めに。

梅雨の空が言うほど嫌いじゃない。とは言えやはり雨が降ると行動が制限されてしまうので気持ちがその分落ちる。能天気なほどポジティブだと思われがちだが、それほど強いわけじゃない。その分、気を張って生きているような気がする。 新しいことを始めれば始めるほど様々なところからの圧力も多い。でも新しいことを始めなければ前に進めすらしない。そう思いながらみんな毎日を生きているのだと思うと、僕もなんとか前に進まないと、と奮い立たされる毎日でもある。 あと二週間もすればJ1が開幕する。更にその前にはJ2/J3が待っている。まだ今まで通りとはいかない(ニューノーマルになってしまうかもしれない)が、ようやく僕らのJリーグが帰ってくる。僕らのセレッソ大阪が長居に帰ってくるのだ。 考えるだけでソワソワしてしまう。ゴール裏サポーターもリモートマッチに向け動き出しているようだ。僕はまだノルマ(CEREBAKA EPISODE2の書き起こし)が終わっておらずどうしようかと思案しているが、そんなのは悩みに入らない。 今週で既に2020年が半年過ぎるのを今知った。セレッソ大阪同様、OITOも蹴球堂もここから突っ走らないといけない。前に進むためにまた多くのアイテムを世に出していきたいと思っている。まずは手始めにうちのJ1最強DFをリスペクトだ。 SUPER DOBRO NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「1兆ドルコーチ」を読む。

新型コロナウイルスの影響はまだまだ続いている。そんななかで、僕とはまったくの無縁である「人の影響力」なんていうものに触れる機会が増えてきている。そのような方々から学ぶことも多く、非常に有益な時間に包まれているような気がする。 昨日、「1兆ドルコーチ」を読了した(というか聴き終わった)。本当にお恥ずかしい話ではあるのだが、この書籍を手に取る(いやオーディオブックで購入する)まで、ビル・キャンベルという人物のことを存じあげなかった。これは実に不覚だ。 ビル・キャンベル。Google創業者やエリック・シュミット、そしてあのスティーブ・ジョブズやジェフ・ベソスにも影響力あるコーチだということだ。ITの世界に身を置いている人間であるにも関わらず、とてつもなく残念な人間だと証明された。 本の中身については実際に読んでもらうことにして、ここでは「コーチ」という存在にフィーチャーしていきたいと思う。僕のような人間にはまったくもって向いていないのであろう「コーチ」という職業。少しだけ、いや、かなり憧れてしまう。 決断のサポートや勇気づけというキーワードだけでは語り尽くせない「コーチ」の役割をこの書籍からも滲み出てくる。同じような行動が取れるとは思えないが、少しでも周りの方への影響力を手に入れられるよう更に努力が必要なのは分かった。 この「1兆ドルコーチ」は、コーチでなくても、本当に多くの方に読んでもらいたいなと思うと同時に、この世の中にはまだまだ知らないことや、未だ出会っていない書籍が多いと感じさせられる。読了した今、気持ちが高ぶったのは言うまでもない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP