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「1兆ドルコーチ」を読む。

新型コロナウイルスの影響はまだまだ続いている。そんななかで、僕とはまったくの無縁である「人の影響力」なんていうものに触れる機会が増えてきている。そのような方々から学ぶことも多く、非常に有益な時間に包まれているような気がする。

昨日、「1兆ドルコーチ」を読了した(というか聴き終わった)。本当にお恥ずかしい話ではあるのだが、この書籍を手に取る(いやオーディオブックで購入する)まで、ビル・キャンベルという人物のことを存じあげなかった。これは実に不覚だ。

ビル・キャンベル。Google創業者やエリック・シュミット、そしてあのスティーブ・ジョブズやジェフ・ベソスにも影響力あるコーチだということだ。ITの世界に身を置いている人間であるにも関わらず、とてつもなく残念な人間だと証明された。

本の中身については実際に読んでもらうことにして、ここでは「コーチ」という存在にフィーチャーしていきたいと思う。僕のような人間にはまったくもって向いていないのであろう「コーチ」という職業。少しだけ、いや、かなり憧れてしまう。

決断のサポートや勇気づけというキーワードだけでは語り尽くせない「コーチ」の役割をこの書籍からも滲み出てくる。同じような行動が取れるとは思えないが、少しでも周りの方への影響力を手に入れられるよう更に努力が必要なのは分かった。

この「1兆ドルコーチ」は、コーチでなくても、本当に多くの方に読んでもらいたいなと思うと同時に、この世の中にはまだまだ知らないことや、未だ出会っていない書籍が多いと感じさせられる。読了した今、気持ちが高ぶったのは言うまでもない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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