スキップしてメイン コンテンツに移動

「怒り」のコントロールのレッスン。

コロナ禍であるが、香港やアメリカでは多くの方によるデモが行われている。Jリーグでも、バスを囲んだり(先日少し話題に出たので)クラブに対しての申し入れなどが行なわれたりする。同じレベルで語っていいか分からないが、祖国と愛するクラブを思う気持ちが同じに感じるのは正しいだろうか。

一ヶ月ほどかかったが、ようやくユヴァル・ノア・ハラリ氏の「21Lessons」を読了(聴了)することができた。非常に興味深い内容の数々と、世界の宗教についての話、そして僕の大好きな”あの”映画が題材にされていた(あの例のやつね)。そんな関係で個人的にはとても楽しめたように思える。

既読の「サピエンス全史」や「ホモデウス」以上に、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の主張について深く理解できるようになった。いつも書いているとおりだが、やはり、「文章にすることの大事さ」が身に染みてくる。少なくとも死ぬまでにあと三回は聴くことになるであろう、秀逸の書籍だと感じた。

この「21Lessons」で数多く「怒り」という感情について触れていた。新型コロナウイルスがもたらしたといっても過言ではないが、人の心や言動がやや攻撃的になっているのは否めない。太古の昔から聖書でも古事記や日本書紀でも、人の「怒り」の感情が他人を傷つけるシーンが描かれている。

たしかに「怒り」というステータスは大きなエネルギーを持っている。かくいう僕もそう思っていた時期があった。「怒り」は力であり、結束することで何かを成し遂げられるのではと感じていた頃もあるにはあった。ただ、その「怒り」と、今問題になっている「怒り」とでは質からして違っている。

「怒り」の正しい使い方など僕のようなものが知っているわけもなく誰かに伝えるなどおこがましいと思う。ましてや「良い怒り」と「悪い怒り」など誰が決められるものか。最後の決断は間違いなく「自分自身」なのだと思う。しっかり自己と向き合い、「怒り」をコントロールできる人でいたい。

話はズレてしまった(そうでもないか)が、ぜひこの「21Lessons」を読んでみてもらいたい。僕は断然Audiobookをお薦めする。現代人は時間が足りない(これは改めて書く)。だから両手を紙で塞がれてしまうよりも耳に助けを求めるのもひとつ。頭に入るまでに何回も聴くことにはなるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コメント

このブログの人気の投稿

第29節 北海道コンサドーレ札幌戦。最後の最後まで大事。

そう言えば先日の台風による遅延で代替出来なかったJALに代えて乗ったロイヤルブルネイ航空。当然のことながらヒースロー↔バンダル・スリ・ブガワンに日本語字幕のある映画が無いのだろうな・・・と思ったら、何故だかひとつだけ存在したのだった。その名も「 ヌヌ子の聖戦 」。 内容は、原宿を愛する双子コーデの女子が紆余曲折しながら成長していくという物語。おぉう。兎に角見てみる。・・・結構面白い。僕としてはどっちかといえば三好里奈よりも田原葵やなーとか考えながら見ていたら、隣のブルネイ人(多分)の女子も見始めていたのが驚きだった。 何故葵は上手くいかないのかと考えたとき日本語には便利な言葉がある。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。サッカーでも他のスポーツでも、負けたときの理由は何かしら説明がつく。だが「どうしてこの試合に勝利できたのか」とても理解に苦しむ瞬間がある。 さて肝心の北海道コンサドーレ札幌戦である(どっかの話ではないが名前が長いとは思わない)。相手はルヴァンカップファイナルへ進んだ勢いそのままに来るのかと思ったが、怪我人などもあり、試合自体がうちの展開にもなった。そんな中で、エースの最高の一撃が勢いをつけた。 少なくともこの試合に限っては勝ちに不思議は無かった。途轍もないゴラッソに目を向けがちだが、それ以上に柿谷曜一朗選手のフル出場が全てを物語っている。彼が本調子(まだまだ僅かだが)に帰ってくることで、勝ちは確信に近づくのだと思う。それくらいの存在でもあるのだ。 残り五試合。首位とは勝ち点差7。ACLを勝ち取るためにも6をひっくり返さなければならない。29試合を戦ってきての失点22は勿論驚異的だが、ここからは更なる守備と得点が必要になってくる。柿谷曜一朗選手の全ての能力が発揮されるとき、偶然ではなく必然が僕らの前に広がる。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。最後の最後まで諦めずに戦い続けることが、上位クラブに圧力をかけるはずだ。話を戻すが隣のブルネイ人女子。10分程度で映画を諦めて深い眠りに入ってしまった。ラストに良いシーンあるのに。やはり最後の最後まで大事。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

20年分の感謝を。

 この土日は地元大阪で過ごした やっぱり聖地は居心地がいい そんなことを感じた2日間だった 試合のことは改めて書くとして 2つの周年イベントに参加した 試合後のシークレットイベント 気の置けないアミーゴたちとの時間 そして日曜日のリアルウダウダ 少しオフレコなこともお伝えした 対面だからこそできるコミュニケーション ともに20年分の感謝をギブアンドテイク セレッソと生きる人生 それ以外のライフなんて存在するはずがない Thank you NEVER STOP,NEVER GIVE UP