「昔を思い出すのは歳を取ったせい」だとかよく言われる。色んな出来事を忘却していくのが人間の性ではあるが、なぜだかセレッソ大阪の歴史だけ常に覚えているというのがセレッソファンだ。これは一体どういうことかと時々思ってしまう。
記憶には短期記憶と長期記憶がある。長期記憶は回想記憶、展望記憶という時系列や、宣言、非宣言記憶という分類がされる。特に回想記憶のエピソード記憶、自伝的記憶に、セレッソ大阪があるのだ。まさに「自分ごと」としての記憶なのだ。
スタートメンバーを入れ替えて臨んだ横浜F・マリノス戦は久々の敗戦となった。直接の対戦でも10年ぶりということだったらしい。自分の記憶を辿ってもそんなに長かったのかとも思ってしまう。1990、2000年代を知る身としては少し歯痒い。
どうも、最近の若いサポーターと話しても勝利の記憶しか無いようだ。良き思い出は生活にも良い影響をもたらすとも言うので、それはそれでありなのだが、惨めな敗戦や、やるせない試合なども、時間が経ってみれば素敵な記憶でもあるのだ。
クラハでも話していたのだが、代わって出場した選手たちは充分に戦えていた。そう考えれば今後のことを考えても層が厚くなったと思いたい。それだけでもこの試合の価値がある。実際にそうなるかどうかは、次の試合の結果が決めるだろう。
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