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ポーランド代表戦。是非に及ばず。

懇親会が終了し急いで家路につく。ギリギリキックオフに間に合う。ウトウトしながら試合をテレビ観戦する。失点シーンだけは鮮明に覚えている。コロンビアがセネガル相手に先制したことで日本代表の戦い方が変わった。これが昨日の状況である。 「日本代表の戦い方が変わった」この最後のシーン。様々なメディアで賛否両論が繰り広げられている。周りのアミーゴに聞いてみても人それぞれの捉え方がある。そんな数分間のできごとは日本サッカー界でも長い時間議論されることになるのだろう。 この戦い方については個人的な感情も正直揺れ動いている。消極的なプレイを見たいわけではないというサッカーの美学を追求したい自分と、16強に勝ち上がるために手段を選ばないのは正解だと思ってしまう自分。なんとも歯がゆい気持ちであった。 「追いつかれるかもしれない」「同点にできるかもしれない」このような仮説は誰にでも立てられる。しかしながらできるかできないかの二択ではない。大事なのは可能性の選択だ。今の状況を踏まえどう動くかというデシジョンそのものだと僕は思う。 あの場面でコロンビアの勝利とセネガルの同点ゴールの選択。日本が得点を取るかノーファールでクロージングできるかの選択。ふたつのデシジョン。現実を追い求めたベンチワークは結果として試合内容をリライトするくらいの決断だったとは感じる。 事実セネガルは同点ゴールを奪えず、かたや日本代表はフェアプレイとはとても言いがたい戦い方で最小失点に抑え、皮肉だがフェアプレイポイントにより勝利を得た。ポーランド代表のボールを取りに行く気力がなくなっていたことも要因だったろう。 記憶に残るほうが良いかそれとも記録か。やはり共に大事だとは思う。が、25年前にこれが出来ていたら僕らはアメリカ大陸に行けていた。我らセレッソ大阪も何度も経験してきた。そういう意味では多くの失敗を重ねた末のこの勝利だったのだろうか。 この戦い方に是非を問うつもりは毛頭ない。美学に反したかもしれないが他国にとやかく言われる謂れもない。ベルギー戦に勝利することこそが今は大事なのだと感じる。全ては来たるべき次の試合のため。そう考えることに集中していたいなとは思う。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

セネガル代表戦。「乾くんは良い子」。

長友佑都選手のタッチが伸びて足元に入った瞬間、「打て」と叫んでいた。小さな振り足しかし鋭く曲がるいつものシュートがゴールに吸い込まれる。その刹那。横で相方が絶叫している。試合が始まってから30数分後。時間にして0時40分くらい。 「乾くんは良い子」。これが口癖でもある。2008年に横浜F・マリノスから我チームに移籍してきて以来、相方はこの言葉を散々繰り返し、僕は聞かされた。とはいえ初めて二十代前半の彼と話をした時、本当に素晴らしい人格者であると僕も感じた。 2011年に海外に移籍したあとも乾貴士選手のことは逐一チェックしてきた。セレッソ大阪生え抜きでは無いがこのクラブを本当に愛してくれているし、そしてそんな人柄を愛してしまう。何より彼からはオーラが出ているのだ。「サッカー好き」の。 「良い子」というフレーズはもう不釣り合いなのかもしれない。が、イメージというものは実に正直でもある。どれだけ時が経とうとも、プレースタイルや風貌、そして無類のサッカー好きも、相方からそう呼ばれていた時と何ら変わっていないのだ。 その乾選手がここ一番でゴールを決めた。それも本田圭佑選手へのアシストのおまけ付き(黄色い紙も)で。この事実だけが月曜朝の沈んだ気持ちを一新させる。「良い子」のサッカー、乾選手のワールドカップ。夢の続きを見る時間はまだまだある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

日本の歴史と日本人の感性。

日本人の持つ独特の感性が「ハンパないって」と常々感じている。最近特に感じる機会が増えている。勤勉さ生真面目さなどを超越したところの何か。精神性というものでもなくかといって神秘性が伴うものでもない。説明が難しいがそんな感覚だ。 話が続いてしまって恐縮である。先日訪問した鹿児島の旅。目的はこの三点「アミーゴに会いに行くこと」「セレッソ大阪U-23の試合を見ること」そして「鹿児島の歴史に触れ合うこと」。今回は三つ目である「歴史に触れ合う」について書きたい。 幕末、特に黒船来航前後の1850年代から西南戦争が終結した1870年台後半までの約20数年。この間の混沌とした日本が好きでたまらず、有名無名問わず日本全国のあらゆる史跡をGoogleマイマップに登録し、そして近隣訪問時に寄るようにしている。 幕末、明治初期というと非常に難しいと思われがちだ。攘夷、開国、公武合体、佐幕、尊皇、大政奉還、倒幕などが複雑に関わり合う。何が正しくて何が悪いかだけではなくまさにカオス(混沌)な状況であったことを歴史が色濃く物語っている。 僕は歴史学者でも研究者でもなく只の歴史好きなだけの男なので歴史の矛盾に首を突っ込むつもりは毛頭ないのだが、不可解な事件が多いのがこの時代の特徴だとは思う。そこに日本人の独特の感性というものが大きく関わっている気がしている。 今日の深夜にセネガル戦が行なわれる。緒戦において日本代表が見せてくれた独特の感性。それを再現することができるかどうか。身長差年齢差など厳しい場面が多くなるとは思うが、物理的な要素を覆す何かが起こる可能性は十二分にあるのだ。 そして鹿児島といえば「ハンパない男」大迫勇也選手。あのゴールには正直感動した。旅の途中で後援会会長にお会いしたことも思い入れが大きい理由でもある。真夜中、感性を歓声に換えた僕のハンパない絶叫。彼がそれを巻き起こすに違いない。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

変わらなければ変わらない。

連日の熱戦に身体が持たなくなる戌年男が考えるワールドカップロシア大会。ひと言で表すとするならば「変」。前回のブラジルでも感じたが、今回は更に既存の勢力図が変わっていこうとしている。そんな感覚を楽しんでいる自分がいるのも事実。 想像ではあるのだが、多分、力の差を補うメソッドが徐々にそしてある意味急激に確立してきたのだろう。フォーメーション、戦術、そして選手の持つポテンシャルの活かし方など、強敵と戦う際の展開含め、いろいろな選択肢が相当増えているか。 その時、監督の力が必要になると僕は思っている。速い遅い広い狭いというものだけでなく、監督の考えや采配ひとつで変わる可能性はことのほか大きい。一年で僅かな時間しか与えられない代表監督の手腕というものに、なぜだか共感してしまう。 勿論その国のサッカーに対する文化や情熱といったものに大きく影響されると思う。お国柄や選手の基質、ファンやサポーターの目などもその国のサッカーを大きく変えてしまうバロメーターではある。代表監督はそんなプレッシャーとも戦っている。 そんな中での四年に一度のワールドカップ。弱者が強者に勝つ、だけではない何かが宿っている大会。今や既に「ジャイアントキリング」などという言葉すらも形骸化してきたようなイベントになっていることを、見ていてものすごく感じているのだ。 先日の この投稿(レゴシリアスプレイとその効果。) のとおり、二十代前半の若者たちに集まってもらってレゴシリアスプレイのファシリテーターを務めさせてもらった。その際のワークのひとつ「自分が社長になったら」で少々面白い発見をした。 若さというものは時に無謀で時に頼りなく時に儚いものだと、綺麗な言葉で飾るとこんな感じかもしれないが、実に考えていることが自分自身のその頃と比べても相当変わってきている気がした。理想と現実、持っている価値観などは興味深かった。 人の特性、と言ってしまえばそれまでだが、世界人口70億人中のわずか11人でもその違いが如実に表れカタチとなる。そんなことを考えながらファシリテーションしていた。そしてこの尊敬すべき若者たちと共に強敵と戦うことをイメージしながら。 戦略は正しいか。彼らをどのように育て、力を見定め、適正な配置をどう組むか。相手とのバランスはどうか。それに併せて戦術はどう考えるべきか。プロセスと結...

知覧。

鹿児島二日間の滞在では在住のセレッソ大阪サポーターの方々に大変お世話になった。スタジアムでは「身体は大丈夫ですか?」と声をかけていただいたり、まだまだ存在してもいいよと認めてもらっているような気がして生きていることを感じた。 最近特に存在感が無いと言われるので非常に有難いことだと思うと同時に、ここに存在する価値をどう見出していくかが本当に大切なのだと改めて考える次第。それが生きる希望になることを頭では理解しているがどうも身体がついていっていない。 そんな鹿児島の二日目。知覧に連れて行ってもらった。以前にも書いた通り自称歴史好きであるにも関わらず、あの戦争のことについてはほとんど学ぶ機会を得てこなかった。いや得ようとしなかったと言ったほうが正しい言葉なのかもしれない。 この数年書籍などを目にすることも多くなり、多少なりとも知識を頭に入れることはできたと思っていた。日本の置かれた環境や戦地の困難な状況、人々が持っていた感情といった情報を取って付けたかのように得て、僕は知った気になっていた。 富屋食堂を訪れた。そこで鳥濱トメさんと特攻隊員の方々の交流を知った。まだまだ無知であった自分を恥じた。展示されている品や手紙、「特攻の母」と呼ばれた鳥濱トメさんと若き特攻隊員の会話が綴られた文章を読むだけで目頭が熱くなった。 あの作戦が正しかったのかそうでは無かったのかを問う資格は僕には無い。しかしながら若い命を懸けてでも守るべきものとはなんだったのだろうか、「生きる」とはどういうことなのか「死ぬ」とはどういうことなのかを僕は改めて学んだ気がした。 「人生は”死ぬ”ために”生きる”んだ。そしてそれは長さじゃない」と尊敬する方から言われたことを思い出した。十代、二十代で儚く命を落とした特攻隊員の方々と支え続けた鳥濱トメさんがいたことを決して忘れてはならないと強く感じた知覧だった。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

コロンビア代表戦。意地のプレゼンテーション。

心地の良い目覚めだった。やはり勝つというステータスは身体に活力を漲らせるものだと改めて思い知った、そんな朝だった。とはいえ大阪のことが非常に気になる。地震に加えて大雨にも警戒が必要。本当に気をつけて生活をしてほしいと思う。 それにしても昨日のコロンビア戦。個人的には勝利の確率を低く見積もっていた。その確率を上げるための要素がこの試合に詰まっていたと言っても過言ではない。そしてその要素は決して奇跡などではなくあくまでも戦略だったと信じていたい。 とにかく打った手がことごとく効いていたと思う。乾貴士選手香川真司選手のセット。柴崎岳選手の先発。スタートダッシュが生んだ退場。ひとり少なくなってからの攻守。点を取りに行く場面の本田圭佑選手投入と変化をつけたコーナーキック。 よく「最後は個の力」と言う選手が多いが、いたるところでその個の力を見た気がした。ひとりひとりが局面で本当に身体を張っていたと思うし、とても印象に残った最後の最後、乾選手があの位置まで戻って守備をした場面にはかなり身震いした。 もしかしたらこれは個でもあるが意地でもあるのか、と試合を見ながら考えていた。期待の裏返しにいる世間に対する無言のプレゼンテーションだったのかもしれない。選手たちのそんな気持ちを32インチのモニタ越しに感じられて僕は幸せだった。 相手の数は関係ない。我々はこの試合に勝利した。その歴史だけは確実に残る。そしてその気持ちを持続させて次のセネガル戦に向かいたい。あぁ現地に行きたい。そんな気持ちを抑えつつ自分のやれることを精一杯見せていく。勇気もらったから。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

大阪地震について。

今朝の大阪地震速報に正直パニックになった。自分自身の親兄弟は無事ではあったが、残念なことに亡くなった方もいらっしゃると聞く。防ぎようがなかったのかと心の中で呟いてしまう。本当に悲しい。災害への対策その大事さを改めて思い知る。 個人的にはもうそろそろ母親にスマートフォンを持たせて、アプリなどでもすぐに連絡がつくようにしたいと思っている。今回も以前と同様に電話がかからず、しばらくしてつながるという状況でもあった。早めに対策をしていかねばと感じている。 翌日、二日後そして一週間後に再び来る恐れもあると思います。東京にいる身で軽々しく言えることでは無いですが、少しでも早くいつもの暮らしに戻れるようにと祈っています。そして、多くの方の心の痛みが和らいでいくことを切に願っています。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP