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モヤっとする日をちょっとだけ。

まあ、細かいところを気にしないこの性格がありがたい。だからといってB型とかそんなものでくくられるのもどうかと思っているのも事実。生まれ持ったいい加減さが良いのかもしれない。そんなことをつい考えてしまう今週。とても面白いというか興味深い、内容の濃い一週間であった。 そういや2020年に入ってこの一ヶ月間、ブログを書き続けることに成功した。モヤっとした日もそうでない日もひたすら書き続けた(単なる自己満足でしか無いが)。今年はそう決めてスタートしたわけだし、この日々の積み重ねによって忘れさせてくれるものも殊の外多いな、とも感じる。 そんな毎日に欠かせないのが”音”。新しい家に引っ越して(おい、いつの話や)から行なっていなかったお風呂で音楽を聴くことを始めた。ランダムに回しているものの、いつもかかってしまうのが「大阪の街の誇りーみんなの人気者ー」。REAL OSAKA ULTRAS二十周年の際に録ったものだ。 聴いているとなんだか気持ちがフワっとしてくる。1993年の冬から春にかけて行なっていた応援ミーティングで色んな曲を採用していったこと、今もなお思い出させてくれるチャントだ。30年近くも歌い続けられることだけでも奇跡だと感じて、その感情が溢れ出てくるのだとも思っている。 ブログや音楽が、モヤっとする日をちょっとだけ良い日に変えてくれる。それが僕の活力源になる。そのモヤっとを、駄目なものはどこまで行っても駄目と割り切るかそれとも根気強く続けていくことを選択するのか。毎日が葛藤の連続だ。よし、今日は、ボールを蹴りに行くことに決めた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「Take It Easy」。

ときにはバカ話や夢のような話も必要だ。昨日もとある唐揚げ屋で笑い転げながらのそんな状況だった。不思議なことに楽しんでいると、幸運とかもなんだか自分に寄ってきてくれる気がしてしまう。やはり笑顔とか大事なのだなと改めて感じるとともに、常に楽しみたいなと思っている。 その唐揚げ屋に向かう小田急線下北沢駅に降り立ったとき、とても違和感があった。僕自身それほど通ったことが多かったわけではない。しかしながらいつも工事をしていた感があったし、改札口が開いたり閉鎖されたりしていたこともあって、そんなイメージを持ってしまっていたのだ。 なんかエスカレーターが綺麗だな、とか思いながら地上まで出た瞬間びっくりした。目の前の開放感が非常に素敵だ。なんだかこの地域に持っていた固定観念みたいなもの(そんな大したものではないが)がこの風景を見て一気に変わった。これこそ新旧入り混じりあった日本独特の文化。 下北沢フリークに怒られるかもしれないが大阪の下町に似ている。そういやMy妻も長居公園内に出来ていたセブンイレブンにびっくりしていた。そんな公園や周辺が大きく変わってはいくものの、昔ながらのスタイルもあちらこちらに存在する。その独特の空気感がどことなく好きなのだ。 桜スタジアムも完成する頃には長居公園を取り巻く環境も更に変わっていくだろう。大阪市は勿論、セレッソ大阪、住民の方々、そして僕らのような人間もその一役を担っているのかもしれない。笑いながら楽しんで、まさに「Take It Easy」な気持ちで前に進めたらと誓う昨日の夜だった。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

下手の横好き、上等。

うん、やはりスポーツは良い。昨日はアミーゴに招待されて「ピンポン多ッ種」という名の通りの卓球新年会に参加した。卓球のラケットなんて持った記憶がほとんど無く、ドが何個付くのか分からないくらいの素人だが、参加されていた方々も素敵でなんだかとても気持ちいい時間だった。 球技は比較的得意だと自負していたので、ちょっと「ピン、ポン」とやってみたら感覚を得た。それほど興味を持ってはいなかったがテレビや昨年のTリーグ開幕戦を見にいったように、知識はなんとかありそうな感がある。岡八郎師匠のおっしゃっている「通信教育での空手」に何となく近い。 「下手の横好き」という言葉もある。何事にも興味持って臨むことが大事だと思うしきっかけはとても偉大だ。この「ピンポン多ッ種」で卓球というスポーツにとても関心が出てきた。大雨のなか、帰りのバスの片隅に座りながら「中野区 卓球 サークル」とか検索してしまう自分が可愛い。 僕が進めているレゴ®シリアスプレイ®も同様だ。これは何もレゴの組み立て能力とか作品の美しさを競うコンテストでは決して無い。手先の上手い下手なんてものはまったくもって関係ないのだ。自分自身そしてチーム、組織の内面や心の声と真摯に向き合うためのメソッドのひとつなのだ。 そういったものすべてを包括してワークショップを行なったりしている。「まずはやってみる」という感情の物語への、僕からの招待状でもある。「下手の横好き」と言うと語弊があるが大歓迎だ。卓球への思いと同様に真剣さや熱心さと付き合えば案外、素敵なことになっていく気もする。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP ※これくらい上手くなれるかな?(笑)(ごめんなさい)

無茶振りな話。

中野は雪かもという予報だったが昨晩から雨が続いている。暑さにも寒さにも弱腰の僕としてはどちらにしても厳しい朝だ。かなりの量が降っていると思っていたらそれほどでも無いので15分ほど歩いてみる。実に風が強いのだが、とにかくこの週末は晴れてほしいと空に無茶振りしてみる。 先週の疲れもあったので昨日は仕事も早く切り上げてと考えていたが、思い立って動画などを作ってしまった。僕はクリエイターでは無いので出来栄えの自信ははっきり言って皆無だ。短時間で伝えたいことをサクッと書いてサクッと上げる。あとは、フィニッシャーが決めてくれるだろう。 だいたいいつもそうだ。人の手助けがなければ僕は何も終わらせられない。 LINEスタンプ もそう。”あの”デザインを考えたときも同様だ。特に思い出すのはやはり「11人の戦士を支える12番目の狼」を企画したときのこと。実に20年くらい前のことだと思うが、今でも脳裏から離れないのだ。 ちょうど当時は日本代表サポーターなどによる影響でサポーター全盛。ステータスも当然高かった。スタジアムでも選手と同等いやそれ以上の存在となるカリスマの方々もいらっしゃった。特段反発したわけでもないのだが、僕は比較的、そのような状況とは対極にいたような気がしている。 そんななかで今一度「選手たちを後押しするための僕らのスタイルって一体何なのだろうか」と考えてみた。試行錯誤、紆余曲折、色々と苦悩しながら頭を絞りアイデアを練った中でようやくぼんやりと形となって現れてきたのがこの「11人の戦士を支える12番目の狼」というものだった。 しかしながら僕が描けるのはここまで。僕は、当時まだまだ普及していなかったインターネットでこの想い(無茶振り)を形にしてくれる方を探す。そんなときとあるアミーゴが声をかけてくれたおかげで「11人の戦士を支える12番目の狼」の姿や形を世にお見せできることが可能になった。 このエンブレム制作の例からも分かるとおり、ひとりひとりは個性がありアビリティの違いや得意不得意もある。セレッソ大阪サポーターも職業や活躍の場がそれぞれ広範囲に広がっている。そんなサポーターの持つチカラを結集できれば滅茶苦茶面白いことができると思うが、どうだろう。 最近の口癖でもある「セレサポのセレサポによるセレサポのための」何かを実現していきたいと考えてい...

「まあこんなもんでいいか」が多過ぎる。

東京に戻ってきて呆けていた。どうも脳と身体と胃(特に)を使い過ぎたようだ。それほど睡眠は取らないが、それこそボーッとしている時間がこの週末は多かった。そんな中で本を読み映画を見てサッカーを味わう。ときには人生に休息も必要だ。年齢的にも持たなくなってきているのだ。 セレッソ大阪U-23の試合をYoutube Liveで見た。正しく書くとすればAmazon Fire StickのYoutubeアプリで見ていた。映像遅延らしきものもほぼ無く比較的安定して流れていたように思える。世界中のサッカーはインターネットのなかですべてつながっていくのではないかと思わせてくれる。 それにしても試合結果については非常にいただけない内容だった。ここからトップチーム昇格に向けて戦っていかなければならないのに、なかなか良いプレイを見せられなかった選手が多いなと感じた。前々から伝えているが、ここで終わっていいと思うのならば、この先の未来はなさそうだ。 サッカーの世界だけでなく身近なところ(勿論僕自身含めて)でもこの「ここで終わっていいのか?」が多過ぎる。なんだか短時間で「まあこんなもんでいいか」と自己評価してしまっている感がある。子供の頃の夢を続けられるほうが稀で、一般人は及びもしないということなのだろうか。 確かに社会のしくみの問題や環境も影響有るかもしれない。他人と比べたときの絶対的な差なんてものも、そこに存在しているかもしれない。しかしながら僕は思う。それでもいいやんか。ただひとつ。「ここがゴール」だなんて思わないでいい。そう判断するのは紛れもない、自分自身だ。 物事を終わらせるのも自分。ここから先の人生を組み立てていくのも自分。「まあこんなもんでいいか」は本気の自分への裏切り行為でもある。本当に好きなものならその気持ちが必要なのだろうなと思う。だから例えばサポーターが好きなら、その思いに「まあこんなもんでいいか」は無い。 前述に戻る。背番号が、この大会用になっていたため少々選手を確認するのがとても難しかったが、試合が進むに連れて動きで分かるようになってきた。やっぱり短時間で物事を見定めるのは困難なものもある。じっくりと時間をかけて「まあこんなもんでいいか」をぜひ減らしていきたい。 話は違うが冒頭にも書いた映画のこと。「 ジャックは一体何をした? 」と「 ラスト...

蹴球堂。ミドルサードからバイタルエリアへ。

まだまだではあるのだがサッカーショップ蹴球堂リアル店舗のリニューアルオープンについて常々考えている。今月末でちょうど二年(厳密にはあと二日で丸二年)。インターネットやなんやらでその時期を模索しているが、未だ復活の呪文がどうも降りてこないという弱々しいオーナーだ。 先日とあるアミーゴから「NEW蹴球堂の良い物件ありますよ」と連絡が来た。このような情報は本当にありがたいのだ。それ以上に”気にしてもらえている”ことが非常に嬉しいのは以前にも書いた。同じマインドでいられるアミーゴの存在が自分自身を更に強くしてくれている気がするのだ。 僕自身も毎日そのような気持ちで生きている。若い頃と比べてより人のことそ考える時間が増えたとも感じる。大人になったのだと胸を張って言えるわけではないが、少しずつでも学びつつ前に進んでいるのだろう。蹴球堂長居店での約12年も、一日一日成長の歩みだったと思い出している。 その「良い物件」。非常に絶妙なポジションに存在する。僕自身のポジションも今ミドルサードのギャップの中で”浮いている”感がある。ここから勝負するために僕は更にバイタルエリアへと侵入していく。ゴールを決められるかは問題じゃない。要は、考えて動く、動きながら考える、だ。 ※とは言え、まずは インターネットストア で。 ※是非、 Tシャツ購入 よろしくお願いします。 サッカーショップ蹴球堂BASE店 NEVER STOP,NEVER GIVE UP 今から約14年前。2006年5月の風景。

サポーターのヒト・モノ・カネ。

遂にというかようやくというかリヴァプールの南野拓実選手が、サディオ・マネ選手の怪我によるスクランブル出場でプレミアリーグデビューとなった。ホテルの一室でその様をDAZN視聴したように、いつでもどこでも映像を見ることができるオンデマンドは、本当にありがたいと思う。 そのDAZN。先日、通常の月額払いからセレッソ大阪「 DAZN年間視聴パス 」に切り替えたのだった。なにごともセレッソ大阪中心にしていけるこの時代でもある。そのひとつひとつがセレッソ大阪のチーム強化につながると思うと、なんだか自分自身の気持ちもかなり高ぶってくるのだ。 このDAZN視聴パスを含め、 SAKURA SOCIO や ハナサカクラブ を中心として、セレッソ大阪を熱烈に支援するサポーターがこのクラブには物凄く多い。以前他クラブのサポーターの方と食事する機会があった際にもこのセレッソ大阪の支援システムについてとても感心してもらえたのだった。 特にアンダーカテゴリーを支援するハナサカクラブ。昨年末にも書いたがもともとサッカーショップ蹴球堂に至る原点はこの「アカデミー支援」だった。クラブはやはり下からの育成システムが不可欠。人を育て、戦う場所を提供して次のトップ選手を作っていくこのシステムが重要なのだ。 新しくセレッソ大阪ファンになった皆さんには是非ハナサカクラブへの参加をお薦めしたいと強く思っている。この先のセレッソ大阪を強くするための次世代の選手たちの育成が大事だ。これは何もサッカーの話だけではない。家庭でも職場でも、いやそれ以外でも重要なポイントでもある。 ヒト・モノ・カネ。その中でもカネはやっぱり必要だ。そのためには常に稼ぐ力やモノを身につけなければならない。そしてそれらをつかさどるのはヒト。すべての鍵はバランスでもあるなと感じている。今年もアカデミーから数名の選手がアカデミーから昇格した。サポーターの力は偉大だ。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP