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試される信頼関係。

人が人を見放す時にはいくつかのターニングポイントがあると思う。怒りや憤りというバロメータはどちらかというと正の力であって、人心離れていくのはやはり諦めや侘しさのような感情からくるものなのか。そんな気はしている。

好きの反対は嫌いではなく”無関心”であると誰かが言っていたが、その感情が生まれた瞬間、信頼関係なんてものは脆くそしていとも簡単に崩れるのだろう、そんなことを思ってしまう。そしてその感情は双方にしか分からないものだ。

先日ヴァヒド・ハリルホジッチが日本代表監督を解任された。内情は分からないし興味も無いのでどっちでもいいのだが、残り60数日となったタイミングでの監督交代が、今、どのような効果を産み出しているかがとても気になる。

今回、後任には技術委員長の西野朗氏となった。アトランタ五輪代表監督でありJリーグ最多勝利数を持っているこの監督には期待するしかないのだが、それはそれで、やはりここで頑張らなければならないのは選手だと正直思う。

現在、ワールドカップメンバーの当落線上にいると目されている我がセレッソ大阪の選手たち。山口蛍選手、杉本健勇選手、そして怪我からの復帰した清武弘嗣選手。それ以外の選手も信頼を勝ち取るチャンスがあるのかもしれない。

僕個人もピンチをチャンスに代えていく所存である。先日発生した怪我の関係もあり彼の地ロシアに行けるかどうか本当に微妙ではある。しかし、何とか最後まで調整し、一試合でいいので参戦したいと思うが果たしてどうなるだろうか。

来週末、選手同様ロシアへの切符をかけた戦いに臨むわけではあるが、僕と医者先生との信頼関係が試される時なのだろうか。絶対に負けられない戦いがそこにあるかどうか分からないのだが、決戦に挑む気持ちに変わりはなさそうだ。

・・・スケールは小さすぎるほど小さいのではあるが。

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