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名もなきシンガーは唄い続ける。

人付き合いというジャンルがとことん悪い割には、大事にしないとバチが当たるくらいの良い人が仲間でいてくれたりして本当にありがたいと思っている。47年の人生はまんざら間違いでも無かったのかなと独りごちてみたりしている。

そうは言いながらもやはり人と話す時には緊張が隠せないし、汗も相当かいてしまう恥ずかしがり屋さんでもあるので、生きていくには少々荷が重い。この歳になってもまだ生き方の勉強をしているのだがそれもまた人生なのだろう。

手術入院直前でもある中、いや手術を控えているからこそ、中学生の頃からのアミーゴである”臥龍”ことシンガーソングライター多田覚のライブを楽しみに、原宿と渋谷のちょうど中間地点くらいにある原宿クロコダイルへ行ってきた。

いつもながら彼のライブから貰うもののひとつである”続けることの大事さ”を噛みしめる。子供の頃からずっとギターを弾いていたイメージそのままの姿に、大人になった今でも、そのスタイルがひとつも変わっていない感が素晴らしい。

たとえ歌う場所が仕事になったとしても、常に”好き”の延長線上にいるように思える、と、そんなことを思いながらライブを見ている。そして相変わらずのパワフルさを見せてもらい、身体のことなど何処かへ行ってしまった気がした。

個人に置き換えてみたら、正直どうなのだろうか。子供の頃から好きだったもの、続けてきたもの、大事にしてきたものは一体何だったんだろうかと、大人になった今でも悩み続けている自分がそこにいる。そんな事を思い出させてくれる。

夢や理想、期待と現実といった様々な葛藤の中で人は生きている。先日も数人の若い方々とそんな話をしていて中々ご本人たちの思うようにいかないことが多いと聞いた。そして、そこでこの世界で生きていくことの難しさを改めて感じる。

しかしながら心配は要らない。支えてくれる方々はどこにでもいるものだ。学校だけでなく世の中には”人生”の先生が溢れている。例えば、何も言わないがそっと隣で寄り添ってくれる先生や、その思いを歌声で代弁し勇気をくれる先生。

臥龍はまさに先生なのではないか、そう思えてくる。彼の歌から愛をもらい、寂しさを知り、生き方を学び、何処かへ行き着く術を得る。これからも名もなきシンガーは唄い続けるだろう。そして僕らはそこから何かを学び取れるはずだ。

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