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入退院あれこれ。

話題になっていたあのアメリカンフットボールの試合。テレビで問題のラフプレーシーンを見た。悪質極まるプレー自体に憤りを感じるとともに、被害を受けた選手の怪我が早く治ってほしい、そして、選手生命が続くよう祈るほかはない。

このニュースを知らなかった理由。それは先週から入院していたからであるのだが、以前からここでも書いていた通り鼠径ヘルニア手術のために木曜日から入院。そして今日、晴れて退院した。自分自身もとにかく、ホッとひと安心している。

今回はその間のことを書き綴っていきたいと思う。と言っても麻酔がじっくり効いていた時間もあるのでその部分は仮説ではあるが、今後入院する方にも分かりやすく備忘録的に残しておきたい。当然ながら必要ない方は無視で結構である。

5月10日木曜日
午前中仕事をしてから午後に入院。病院までは歩いて15分程度。手続きの際、保険組合名を見て事務員さんから頂いた言葉「御社の電子カルテシステム、前の病院で本当にお世話になりました」。どんな場所でも人は繋がっていると強く感じた。

5月11日金曜日
手術当日。今回は再発のため調査含めて時間がかかるので全身麻酔。「すぐ眠気が来ますよー」と注射された瞬間から意識を失う。その後はなすがままの状況(だったと思う)。気がついた時には腫れた腹部。ここから痛みと戦う日々が始まる。

5月12日土曜日
前夜から痛みで寝られないのは前回の時と同じ。腹部だけでなく背面まで痛くなってきている気がする。仕方なく本を読んだりウイニングイレブンで気を紛らわす。しかしながらそれで局部が和らげられるはずもなく、当然ながら熱も出る始末。

5月13日日曜日
痛みは一向におさまらず、且つ熱は測るたびに上がり続けている。風邪かなと思い看護師さんに相談するとあっさり「氷枕で大丈夫」。ひたすら氷と向き合うことを選択。映画一本と本二冊を読み切る。こういう時の非常に軽い小説はありがたい。

5月14日月曜日
熱が下がる。アドバイス通りすっきり1.5度以上。看護師さん神。主治医さんが傷口を見てくれる。そしてひとこと軽く「退院出来るけどどうする?」。もちろん選択肢はひとつ。痛みは残るものの早く帰宅したいという気持ちに勝てなかった。

怪我がないに越したことはないが、手術入院となった時の参考になれば幸いである。そして多くの方から励ましの言葉を頂いて本当に感謝している。一番インパクトあったのが、書き置きとバナナ。入院前に食べたおかげもあるかもしれない。

数日振りに風呂に入れてスッキリしたのだが、現状も歩いたりくしゃみしたり咳したりすると腹部に激痛が走るため、残念ながらしばらくは自宅療養しておく。まずは完治に向けて定期的に通院。そして皆様も健康であるようにと再度祈る。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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