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ロシアワールドカップ開幕に向けて。

ワールドカップムードが沈滞しているのは手術入院の影響かそれとも日本代表チームに対する思いのせいなのかは正直分からないが、これまでの大会と比べてもなかなかテンションが上ってこない自分がいた。始まってしまえば、と脳が言っていた。

今日6月14日は世の中的には「モリシの日」。2002年ワールドカップ日韓大会、聖地長居スタジアムで行なわれたチュニジア戦で森島寛晃さんがゴールを決めた日を記念して創設された日。今でもあのときの興奮を忘れないままでいる人は多いと思う。

あの日の長居スタジアムは多くの人が集まっていて朝からごった返しているという本当にお祭りムード一色ではあったが、程よい緊張感と勝って決勝トーナメントに行くという強い覚悟が全てのファン、サポーターから漲っていたことを思い出す。

2−0で勝利したあと、大阪に来ていたクロアチア代表のサポーターと一緒にフットサルやパーティをした。トゥルコビッチさんやクロアチアサポーターとの関係はあの2002年から始まった。16年前という事実に驚くばかりだ。実に時というものは速い。

過去出場した5回の大会、出場したセレッソ大阪所属選手はそう多くはなかったが、そこにいると感じられるだけで幸せな気分になった。どのカテゴリーでもいつも思うことだが、日の丸を背負った彼らの姿を見るたびに多くの勇気をもらってきた。

ラストマッチとなったパラグアイ戦。そこにはキャプテンマークを付けた山口蛍選手がいた。いつもの見慣れた光景であるはずなのに、あの青のユニフォームの左腕に巻かれた黄色いものを見ただけで、震えてしまう自分がいることに気付かされる。

確かにたまたまかもしれないし、あの選手たちがひとりでも出ていればこんなシーンは訪れることはなかったと思うが、その一回を目の当たりにすること自体が嬉しいわけで、それが明日への活力になっていると言っても決して過言ではないのだ。

そんなもろもろなことを思い出しながら遂にワールドカップが開幕する。多くのアミーゴも既に現地に入っていたりこれから向かう準備をしている。みんなと同様に程よい緊張感を早く手に入れ、これからの一ヶ月を楽しみたいと思う。Vamos Nippon!

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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