スキップしてメイン コンテンツに移動

レゴシリアスプレイとその効果。

典型的なB型の影響か、はたまた持って生まれた資質の問題か。それとも育ってきた環境によるものかは知らないが、人にものごとを伝えるという基本的な行為が結構苦手なほうなのである。思っていることをうまく伝えられない、そんな人生だ。

逆に、感情が身体をまとうオーラとなってしまったり、そのまま吐き出したりしてしまい、周りに迷惑をかけてしまったことも多々あったと思う(現在進行形なら”あると思う”が正しい)。とても偉そうなことを言える立場でもないのだろう。

この、人にものを伝えるという行為の意味において自分の欠点を補おうと長年勉強をしてきてはみたものの、なかなかうまく行かないのも事実。そこにはふたつの問題があるのだ、ということだけは自分の身をもって感じられたところでもある。

ひとつは「直感的にアウトプットしてしまうために論理的に説明することができない」そしてもうひとつは「頭の中では整理できていてもカタチとしてアウトプットすることができない」というふたつの「できない」に僕は支配されているわけだ。

全ての方の身体の中にこれらが存在するかどうかは別として、少なくともこれらのジレンマに陥るケースは非常に多いと思う。ではどのようにすれば解決するのだろうか。その答えに近づくかもしれないアイテムが子供の頃の遊び道具にあった。

レゴ®シリアスプレイ®」というメソッドをご存知だろうか。その名のとおりあの「LEGO」を使った手法なのではあるが、初めて「レゴシリアスプレイ」の体験会に参加した際に起こった自身の脳内活性に衝撃が走ったのをかすかに覚えている。

グループワークによる組織形成や個人ワークを含めた新たな発見。直感的にカタチにして説明する力と整理されたイメージを即座にカタチにする力。この両方の力を短期的に意識することが可能となる。もはや子供の遊び道具だけに留まらない。

いや、子供の遊び道具と言っては失礼だ。今も昔も子供たちは、レゴプレイによってインスピレーション活性化とプロトタイピング能力が飛躍的に向上しており、この先の日本、世界を創り上げていっているのではないか、と僕は感じているのだ。

現在、5回述べ50名程度の方々への疑似レゴシリアスプレイを実施しており、近々にも今年から仕事を始めた10名ほどの方に向けてイベントを開催する。もちろんまだファシリテーターとしては未熟なため、迷惑をおかけしながら頑張る毎日でもある。

現状では自分の周りや知り合いだけに留まっているのだが、参加者の方々には”何か”を掴んでもらっていると確信はしている。自分でいうのも何なのだが、考える→つくる→伝える→フィードバック→再考のサイクルを回せているのではないかな。

そして何より、自分自身がファシリテーターを務めることによって参加者から多くを学ばせてもらっている。人には人の特性がありその特性を十分に活かせた時、会社や組織は本当の力を手に入れることができる。全員で前へ進めるものなのだと。

昨今のスピード重視経営のさなか、多くの企業もこのレゴシリアスプレイと取り入れた教育を行なっている。あのNASAも導入していると聞いている。少しでも興味を持ってもらえたりしたら幸いであり、そして、少しでもお役に立てればとも思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


コメント

このブログの人気の投稿

祝・200試合出場。思い。

 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

『継続は力なり』とか言うが。

 #コールリーダーウダウダ 200試合出場記念ステッカーが多くの方の手に届いていることを願う日々。大した話でもないけれど、ごくごく小さいことを積み重ねてきた結果なのだとも思う。 セレッソ大阪のコールリーダーは、1993〜1994年から30年以上連綿と続く旅路なわけで、この絆はちょっとやそっとじゃ崩れない。セレッソ大阪は、Jリーグはそうやって成長してきた。 その、言葉では表現しにくい、人間的なつながりを、スペースでは出しているつもりなのだが伝わっていれば嬉しいところ。だからこそ、今、ここにいる意味なども意義もあるのだろう。 ステッカーの画像をSNSでアップしてくれているのを見る。ふと胸が熱くなる。やってきたことや、やり続けてきたことの全てが、正しいものではないことも重々理解をしているつもりだ。 だけどそれらは、決して間違ってもいなかったのだなとも思えて、人間的なつながりに感謝してしまう日々。その輪がここまで大きくなり、そしてここからも更に大きくなっていくはずだ。 だから、続けられるだけ続けよう。昔ある人に言われた言葉。「『継続は力なり』とか言うがあれは嘘や。ほんまは『共に継続する仲間がいることは力なり』なんや」。これ、まさに本質。 ※ステッカーはイバのところにも若干あるので、もし手に入らなかった方は、スタジアムやお店などで見かけたときに声をかけてください。人と人のつながりから何かが始まりますよね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP