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第17節 浦和レッズ戦。

J1も折り返しまであと一試合となった第17節。スタジアムで観戦しない記録がここまで伸びるとは正直思ってもみなかったわけだが、いっそのこと今シーズン未観戦達成などという不名誉を味わってみるのも悪くないのでは、と思い始めている自分がいる。

とは言うものの後半戦で既に観戦を予定している試合がいくつかあり、恥ずかしい記録だけはなんとか免れそうだ。直近で決まっていそうなのは8月末。スタジアムでお会いすることがあればと思うが、あまりの暑さに不機嫌な姿をお見せしたら申し訳ない。

そんな暑い夏のJリーグ。試合への負担もかなり多そうだ。それは試合終了後の両クラブ選手のヘタリ具合から見てもよく分かった。日本各地で夏祭りまでもが中止になったりするなか、大阪特有の夏の蒸し暑さのなか、本当に最後まで走り切ったなと思う。

試合を通じて、両クラブのサポーターとももの凄いチャントが聞こえた。本当に選手とともに戦っている感が出て良い試合だった。前半はセレッソ大阪、後半は浦和レッズという構図は見ての通りだが、最後の最後まで攻め続けたのは次に繋がる気がする。

ひとつ。福満隆貴選手の動きが悪くなった瞬間、彼の足を今一度出させられるチャントをがあればどういった展開にだったろうかと考えてみた。サポーターもいっぱいいっぱいだったのだろうなと推測しながらも、もう一声を求めたい。彼なら行けたはず。

選手たちは限界まで走ってもなお、サポーターの声に勇気づけられている。音量、音質、よりもタイミングだと僕は思う。心に届くチャントは、心から脳へ、心から目へ、心から足へと伝わっていく。チャントはそんなふうに試合を作っていくのだと思う。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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