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映画「カメラを止めるな!」。あ、映画って良いな。

映画が好きで月に何本も観る。原則としてインドア派(これを家から出ないという)なのでBDやDVD、オンデマンド配信が多い。現状はアマゾンプライムビデオやNetflix。だんだん目も見えなくなってきたので、字幕は減らしてもっぱら国内映画多めでもある。

ときたま映画館にも行く。今も昔も映画館という場所に心地よさを感じる。多くの方と心ひとつ眼の前の何かを見つめる。これはサッカースタジアムに代表されるスポーツ観戦とどこか似ている。だからこそ共に愛してやまない存在であるのだなと感じている。

さてある日。相方から一本の映画を勧められる。その話を聴くと噂ではちょっとした伝説になっているらしい(ほぼ満席が続いているそうだ)。インディーズ映画としては異色の作品である。かなり面白い。「見なきゃ損だ」とまあ相当なべた褒め状況である。

ということもあり先日夜に渋谷ユーロスペースにて鑑賞してきた。予備知識全くなし状態だったのだが、これが面白い。前々から聞いていた映画史上に残る”37分ワンカット”を見て、「ほーなるほど」とか思う間もなく物語が進んでいく。うん確かに面白い。

個人的感想だけを述べるとするとインディーズだからこそできる出せる面白さなのだろうなとも感じる。リピートをあまりしない(僕がバック・トゥ・ザ・フューチャーやマトリックスを繰り返し見ていると怒る)相方が何度も何度も生き返る理由が分かる。

このような作品を見ていると「あ、映画って良いな」と素直に思える自分が出てちょっと恥ずくてちょっと嬉しい気がする。バンバン撃って思いっきり泣いて胃が痺れゾクッと興奮するだけではなく、素直に大声で笑える映画もまあ時には良いものだな、と。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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第6節 サガン鳥栖戦。

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そんな心折れそうな週末の土曜日にセレッソ大阪の試合を見る。勝ち負けはともかくセレッソ大阪と過ごす週末がある生活は本当に素晴らしい。ましてや勝ってくれたりするとポキっとなった部分にギブスを付けてくれたような気持ちになる。

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聞くところによると9試合連続失点らしい。鳥栖戦の失点もマークを外してしまっていたしまだまだ修正すべきところもあるとは思う。それよりも、決めるべき人が決めるべきところで確実に決めてくれるようになってきているほうが嬉しい。

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NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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