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心の支え、その一助に。

西日本を中心にかなりの被害が出ている。アミーゴの無事を知り安堵しているが亡くなった方も多数。とても心が痛む。この先も大変な状況であることは変わらないが、これ以上の犠牲が無いようにと、少しでも早く日常が戻ってくるようにと祈りたい。

サッカーが、被害を受けた方々の心の支えの一助になるかどうかは分からないが、本当に熱い試合を繰り広げているワールドカップ。中でも僕の人生に大きく関わっているクロアチアが勝ち上がっていることを何と表現すれば良いのか分からない僕の思考。

1998年。日本とクロアチアはフランスで対戦した。2002年日韓ワールドカップ。クロアチアはメキシコ、イタリア、エクアドルと日本で戦った。アミーゴが取ってくれたチケットを片手に新潟まで見に行った。イタリア戦の勝利も鮮明に頭の中で憶えている。

そして、開催が無かったにも関わらず、大阪にも多くのサポーターが来訪してくれたのだ。彼らとフットサルで楽しみパーティ語らい歌い楽しい夜を過ごした。本当に良き思い出として今も心に存在する。言葉は通じなかったが心が通うとはこういうことか。

そんな折、フェイスブックのタイムラインで一枚のフォトが目に入ってきた。あの新潟。皆で撮ったあの写真。何故か目頭が熱くなった。16年前のあの日、あの気持ちが蘇る。スポーツってワールドカップって心の支えの一助になり得るのだという感情。

改めてではあるが今起こっている被害に向けてサッカーが意味を持つものか正直言って僕には分からない。だけど寄り添うための肩や腕や手の、ほんの少しの代わりになり得るかもしれないとも感じる。多くの方の心の支え、その一助になっていると嬉しい。

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第27節 湘南ベルマーレ戦。

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