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25年後のワールド。

ミッドウィークに行なわれたアルテリーヴォ和歌山との天皇杯二回戦の模様をYoutubeで見た。試合内容はともかくピッチレベルの悪さに幻滅した。先週末に長居スタジアムにてライブがあったと聞く。しかたのないことなのかもしれないが怪我が無さそうで何よりでもある。

さてそんななか昨晩、サッカーショップ蹴球堂でも大変お世話になっているセレッソアミーゴが上京してきたので、新宿の思い出横丁で遅くまで飲んで語りあった。他愛もない話題でもあるし、そもそもとある事情で自分たちの話などほぼ無かったに近いが実に深みがあった。

東京在住のセレッソアミーゴを加えた僕ら三人はセレッソ大阪が誕生してからの付き合いなのでもうかれこれ25年になる。歳は取ったが相も変わらず多くの夢を追い求めて挫折を繰り返しながら生きている。まさにクラブ同様のジェットコースター状態なのかもしれない。

たまたま眼の前に座っていた大分出身の普通っぽい女性とサッカーの話題になり、彼女が大分トリニータのことを語ってくれた(大半はウッチーだがまさかサッカーの話題がでるとは)。地元愛とはそういうものなのだなとどことなく納得感が得られた新宿の夜でもあった。

最近はスタジアム観戦する機会もめっきり減った3人ではあるが、長居スタジアムへの気持ちは25年前(当時は改修工事だった。こけら落としは1996年だった気が)も今も変わらないと思っている。いつかはあのスタンドであの日あの時のリベンジを・・・という想いでもある。

25年前に描いた未来と今という現実のギャップには悩まされるだろうが、皆健気に生きていることを実感できる歳になったのだとも思うと、まんざら悪くない人生でもあるな。セレッソ大阪も変わる、変わった。僕らも変わる、変わった。それはそれでひとつのワールドだ。

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第29節 大阪ダービーマッチ。

文章を書く気分になかなかなれない今日。地元の祭りなどに足を運んでみたもののなんだか何かが抜け落ちたようになってしまう。だからといってムシャクシャした気持ちをぶつける先もない。世界中のサッカーファンが一番悲しむ日を、まさに体現しているようだ。

「ダービーマッチは、勝つかもしくは死ぬかのどちらかだ」壮大な格言もどこか過去のようなそんな世の中になってしまった気がする。時代によってサッカーも変化し続けているが、大阪ダービーもずいぶんと変わってきたのだろう。良いか悪いかは別物としてもだ。

こんなことをあまり書きたくもないのだが、体力の限界まで走り抜いて試合途中で起き上がれなくなった相手をモニタ越しに見て、今日の試合にかける思いの差を感じた。ぶっ倒れるまで走ることを強要しているのではなく、見ている人は見ているし、思う人は思う。

応援ってチャントって、選手に、絶対に届いている。相手より大きいとか小さいとか跳んでるとか跳ねてないとかコレオの美しさだとか否かとか、多分そんなものは大した話じゃない。それよりも君の声は本当にセレッソ大阪の宝だ。勝つためには必要な要素なのだ。

だからこそ大事な場面で重要なシーンで選手の魂を奮い立たせるところで、その声を多く使ってほしい。大切なのは声量でもメロディでももちろん歌詞でもない。君の声だ。一足、選手が気力で出すその最後の一足を出させるために使ってほしい、と僕は切に願う。

祭りにも飽き、自宅に戻ってセレッソ大阪U-23の試合を見る。あんな屈辱を味わってもJ3戦は淡々と行なわれる。心が救われる。セレッソ大阪があってよかった。若い彼らは勝ちそして4連勝を決めた。うん。ダービーはまだ続く。勝てなかったが死ななくてよかった。

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次の荷物は誰が背負うか。

去年の9月以来だが明日からシンガポールへ行く。4日と短期間ではあるが是非良いものにしてきたいと思う。準備がほぼできておらず日本代表対パナマ代表を見ながら荷物を詰めている。今回はセレッソ大阪の選手が選出されていないのだが、この試合は楽しめそう。
ともにワールドカップロシア大会に出場しこれからカタールを目指す両国の戦いは、序盤だけを見ていても結構面白い。まだまだ足りないところは多々あるのだろうけれど若い選手(サッカー的にはもう若くは無いのだが)とロシア組との融合がかなり良い感じだ。
その中でも南野拓実選手の二試合連続ゴールはかなり痺れた。ボールの受け方、ターン、持ち出し、そしてキーパーを確認する余裕すらあるフィニッシュ。完璧なプロセスは当然のことだが大阪時代よりもキレが良くなっている。セレッソアカデミーの賜物でもある。
来年のアジアカップまで調子が続く保証はないのだがとにかく怪我なくいってほしいと思っている。うちの前線の若手選手たちの刺激になってくれたりすると本当に嬉しいのだ。負傷が相次いでいるが、重い荷物も背負えるような、そんな選手の台頭を期待している。
なんとか試合が終了するまでに荷物も準備できた。今回、ジョホールバルまで行く予定がある。時間が作れたらラルキンスタジアムまで足を伸ばしたいのだがどうなるだろうか。伺うとなると実に21年振りになる。気持ちの高鳴りをカバンに入れるのはとても困難。
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再セットアップで手に入れたもの失ったもの。

先日リリースされたばかりのmacOS Mojave、さっそく我がMacBook Proをアップデートした。その途端といってはなんだが斯々然々でウイルスバスターが動作しなくなってしまった。いろいろと試行錯誤を繰り返したのだが健闘むなしく二度と動くことはなかった。

以前からこのMacBook Proは途中で止まったりファイルが保存できなくなったりとかなりの困ったちゃんであったわけだが、あとあとの手間などを考えるとなかなか決断ができなかった。この僕の決断力のなさ、優柔不断な性格を呪った。だがついに立ち上がったのだ。

僕はMacBook Proの再セットアップを行なうことを決意した。command+Rを押しながら電源を入れ、ディスクユーティリティで領域を初期化し、ネットワークに接続してクリーンセットアップを実行する。一連の流れはスムーズ。結果的にMacBook Proは見事に蘇生した。

そして気づいた。バックアップを取っていなかったことに気づいた。だいたいいつも、大事なことに気づくのは離れ離れになってからだ、という失恋ソングを思い出して口ずさむ。いや、そんな馬鹿なことを言ってられない。今までの努力がすべて水の泡となった。

僕は言葉を失った。Google日本語入力に登録した膨大な数の単語をすべて失ったのだった。バックアップしなかった自分を責めてももう遅い。これからまた細々と単語登録の日々が始まる。後ろを振り向いてはいけない。つま先を前に、進むことだけを意識する。

だが、手に入れたものが無いわけではない。ウイルスバスターは見事に立ち上がった。ファイルも問題なく保存される。フリーズする回数自体極端に減った。再セットアップで手に入れたもの失ったもの。人間社会とおんなじ。僕はひとり悦に入る。まだ生きている。

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