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車音痴の僕が鈴鹿8耐予選に行ってみた(中編)。

【前編はこちら】

仕方なく近鉄特急窓口の列に並んだ。動かない途切れないこの行列にこれからの旅が険しいものになると僕らは感じていた。そのとき直前に並んでいた女性から声をかけられた。ちょっと確認してくるので荷物を見ておいてほしいとのこと。素直な僕はその言葉に従うことにした。

何やら女性は駅員と話し込み、その間僕らは荷物を見張るという妙な連携が生まれた。女性が戻ってきた。「あなた達どこまで行くの?」「白子駅です」「じゃあ26分の急行のほうが良いわね」という言葉を信じて、僕らはこの行列を捨て、改札を通り、駅中に入ったのだった。

?二度見?26分の電車など、存在しない。その決断を促した女性もとうにいない。動かない電車。途方に暮れる僕ら。そんな刹那アナウンスが入る。電車が動き始めたとのこと。急いで特急券券売機に並び、そしてなんとか10分遅れの上本町行きに乗車することができたのだった。

白子駅に着いた。ここからはタクシーで行くことになる。勿論のことながら周りには明らかにレースチームなのだろうなとおぼしきスタイルの軍団が増えてきている。タクシー待ちもそこそこに僕らは鈴鹿サーキットの9番ゲート(それがそうなのかも分からないが)に到着する。

連絡はしていたが、案内してくれる方が・・・いない?とにかく暑くてどうしようもない僕らは炎天下のもと通常入り口に向かって歩き始める。100mごとに汗が1リットルは出ているなと感じるくらい、辛い。挫けそうになった瞬間アミーゴの電話が鳴り響き、僕らは息を吹き返した。

こうして紆余曲折しながらもようやく鈴鹿サーキットに来ることができたのだった。幼馴染がいるピットへと足を進める。歩きながら、この地を夢見て努力してきた多くのライダーやメカニックの方々の想いを肌で感じる。夢の舞台、鈴鹿。僕自身も興奮が増し気持ちが踊り始める。

後編へ続く。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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祝・200試合出場。思い。

 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

『継続は力なり』とか言うが。

 #コールリーダーウダウダ 200試合出場記念ステッカーが多くの方の手に届いていることを願う日々。大した話でもないけれど、ごくごく小さいことを積み重ねてきた結果なのだとも思う。 セレッソ大阪のコールリーダーは、1993〜1994年から30年以上連綿と続く旅路なわけで、この絆はちょっとやそっとじゃ崩れない。セレッソ大阪は、Jリーグはそうやって成長してきた。 その、言葉では表現しにくい、人間的なつながりを、スペースでは出しているつもりなのだが伝わっていれば嬉しいところ。だからこそ、今、ここにいる意味なども意義もあるのだろう。 ステッカーの画像をSNSでアップしてくれているのを見る。ふと胸が熱くなる。やってきたことや、やり続けてきたことの全てが、正しいものではないことも重々理解をしているつもりだ。 だけどそれらは、決して間違ってもいなかったのだなとも思えて、人間的なつながりに感謝してしまう日々。その輪がここまで大きくなり、そしてここからも更に大きくなっていくはずだ。 だから、続けられるだけ続けよう。昔ある人に言われた言葉。「『継続は力なり』とか言うがあれは嘘や。ほんまは『共に継続する仲間がいることは力なり』なんや」。これ、まさに本質。 ※ステッカーはイバのところにも若干あるので、もし手に入らなかった方は、スタジアムやお店などで見かけたときに声をかけてください。人と人のつながりから何かが始まりますよね。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP