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手書きの力。

台風19号の被害が甚大だ。15号の時と同様に今もかなりの地域でつらい思いをされている方が多い。かくいう僕も今回の台風でデンマークへの出張から帰国が遅れ、ロンドンで三泊することとなった。自然の力はときに助けになるのではあるが、猛威を振るうとどうしようもなくなるのだ。

台風15号の際にサッカーショップ蹴球堂でもチャリティー活動を実施させていただいたのだが、出来る限り今後も継続していきたいと考えている。そんななかで第一回目のステッカー送付させていただいたところ、同封した文章についての感想を多くの希望者の方から頂戴したのだった。

子供の頃から文章を書くのは嫌いじゃなかった。特に手書きについては、今でも200枚お送りしている年賀状なども、宛先、お名前について基本的には手で書いている。ITがこれだけ普及しているこの世であっても、この手書きという行為は多分止めることはないと自分の中では感じている。

字の綺麗さや美しさだけではないだろう。また、プリンタが打ち出した文字にも充分気持ちがこもっていると理解したうえで、それでも僕は言いたい。手で書く、という人の思いが、”とめ、はね、はらい”に乗り相手に伝わっていく。だから僕はこれからも手で書く習慣を止めないだろう。

まだまだ予断を許さない状況が日本各地で続いている。様々な形で支援も同様に続いている。このブログでも再三書いてきた「今できることを今行なう。」。これからも続けていく。店長とも第二回目の文章について打ち合わせを行なっている。手で気持ちを届けたいと心から思っている。

サッカーショップ蹴球堂BASE店

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祝・200試合出場。思い。

 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

『継続は力なり』とか言うが。

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今も昔も。

 今日は誕生日である。もうこの歳になると嬉しいとか悲しいとかは感じなくなるものの、やはりお祝いのメッセージを頂いたりすると心が踊る。そして、そのカンバセーションの大半はセレッソ大阪。やはり切っても切れない縁が、サッカーによって大きく広がっていく。 身体はそれほど言うことを聞かなくなってはいるものの、それでも多くのところも顔を出したいと思うし、多くの方とお会いしたいという思いが歳を重ねるごとに強くなっているのは事実だ。それだけ「死」というものと向き合っている証拠とも言えるし、そうでもない。 小樽へ行ってきた。札幌に行く用があり少し足を伸ばしたわけだ。グラウンドに着いた瞬間に我が目を疑った。ものすごい数のセレッソ大阪サポーターがいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。勿論ご家族の方が多いとは思うが、こんなにいるとは想像していなかった。 身内以外のサポーターが単独で行けるかというと厳しい面もあるだろうが、その中でもサポートに向かう方々はいる。セレッソ大阪のサポーターの歴史はこのようにして続いていっていることに、誕生日以上に感激してしまう。アカデミーの監督に言われた一言を思い出す。 それだけがすべてじゃないのも真実。だが、綺麗なコレオを作るとか、迫力ある応援ができるとかだけではない、「サポーターとは一体何なのか」を考える機会としてアカデミーと触れ合ってほしいと切に願う。5年後10年後のクラブはきっと彼らが支える。そのサポートを。 今日は誕生日である。プレゼントを求めるよりも、セレッソ大阪に関わる方々のKindleの片隅に「 朝、目覚めたら、そこにセレッソライフが。 」を置いてくださることのほうが本当に嬉しく思える。今も昔も次世代のために手を打っていくのが役目だと、自負だけは心にある。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP