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バックエンドのプロフェッショナル。

録画していたセレッソ大阪寮母である村野明子さん出演の番組を見た。具材選びや目分量で入れる調味料などを見ているだけでプロフェッショナルという言葉を感じさせられる。我がクラブの未来の選手たちを育てる大事な役目だ。メディアへの露出は本当にありがたい。素晴らしいことだ。

これは何もセレッソ大阪のことだけではない。まさにJリーグすべてのクラブにおいてバックエンドの方々のご努力によるところが非常に大きい。そしてその方々のご苦労が見える化されているのが嬉しい。僕らファン、サポーターにはそのバックエンドの状況を知る義務があるのかもしれない。

僕らサッカーショップ蹴球堂も言ってしまえばファンやサポーターのバックエンドのような存在であった(今もその思いだ)。なかなかスタジアムでオフィシャルグッズが買えなかった時代に上手く活用していただいたり。誰かの幸せを後ろから支える。世の中の仕事はほぼその仕組みだろう。

表には見えてこなくても素晴らしいプロフェッショナルがいる。そんな方々が僕は大好きだ。どんな仕事にも楽しさはあり、もし自分がやりたい仕事に就けなかったとしても、その仕事を楽しいものにしていければいい。それがプロフェッショナルへの一歩だということを若い方々に伝えたい。

この週末箱根に行ってきた。そこでも多くを意識する機会があった。たくさんの刺激と決断。たったひとつの問いだったがレゴ®シリアスプレイ®を行ない、見つけることができた。僕はどこまで行ってもバックエンドのプロフェッショナルを目指す僕がそこにいた。間違っていない生き方だ。

話は戻る。村野さんのご飯を食べて育ったアカデミーの選手がこれからトップへとどんどん上がっていくはず。その姿を見るために僕らは待ち続ける。バックエンドのプロフェッショナルが支えてくれていることを決して忘れてはならない。これが選手に限った話でないことは誰にでも分かる。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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 コロナ禍に、コールリーダーの言葉が伝わる環境を作った。それが「#コールリーダーウダウダ」。ひたすら毎週話し続け、今週、その#コールリーダーウダウダの200試合出場を達成した。 年間52週。そう考えれば、4年は続けているということ。今週のコールリーダーウダウダでも話したが、コロナ禍を忘れつつある。いや、忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのだ。 だから話し続ける。継続は力。継続は愛。そんなことを思い浮かべてしまう。時代は変わる。でも変わらないのは、人の心、サッカー。そして、なによりも大きいセレッソ大阪への思い。 「#コールリーダーウダウダ」をやっているとよくわかる。セレッソ大阪のコールリーダーは、多くのものが継承されている。実に30年以上に渡って、様々な思いがつながっているのだ。 200という数字は、その思いの積み上げの上に成り立っている。そんな思いを、これからも紡いでいかねばならない。そう強く感じた200回目のハーフタイム。仲間はありがたいと感じた。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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