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新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

「一所懸命」と「一生懸命」。

三月の予定がバタバタと入ってきた。またあっちこっち(丁稚ではなく)を色々と廻らせていただくことになる。今の状況で海外に行くことは非常に難しい(実は一件あったのだがキャンセルになった)のだが、僕の言葉に反応してくれる依頼を多くいただいていて、本当にありがたい話だ。

言葉と言えば先日野村克也さんが亡くなった。子供の頃は野球少年でもあったので悲しい気持ちが溢れる。講演を聴かせていただいたことがある。原稿も持たずただ座ってひたすらに話し続ける。その言葉は理路整然としており、すっと心に入っていった思いがある。が、中身を思い出せない。

野村克也さんは名言使いでもあった。一番印象に残っているのは「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。このブログでも何度か利用させていただいた(大体は勝ちに不思議、のほう)この言葉も素敵なのだが、今日書きたいのは「一所懸命」と「一生懸命」のエピソードだ。

この世には平時と有事というふたつの時事が存在する。有事の際には様々な策を持って事にあたることになる。まさにその場所を懸命に守る「一所懸命」だ。しかしながら平時に何もしない、というわけにはいかない。練習然りテスト然り。これは常に繰り返される「一生懸命」なのだろう。

「一所懸命」と「一生懸命」。どちらも無くてはならない存在であり、片方だけがある状態でも駄目なのだ。僕はどちらかと言えば目の前に差し迫る危機に対してのみ意識が行ってしまいがちだったが、これらの言葉の意味を知って、ようやく平時と有事に対処できるようになった気がする。

言葉は本当に素晴らしい。だから僕は誰かの話をよく聴き、書籍をよく読み、そして得た情報を人に話す。このような行動の先には僕が考えなければならない考えるべきものがあるのかもしれない。要するに毎日の「一所」と「一生」を「懸命に生きろ」とノムさんから言われているのである。

そんな深い気持ちでブログを書いていたら、ふと以前に字の練習として毎日書いていた中国故事や名言を思い出した。実に365日ものあいだに綴られた言葉に何故だか勇気が湧いてくる。人に見せられなくはないがそれほど上手くもない文字を見て、これこそ平時だな、とひとりごちるのだ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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