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イレギュラーに対処する。

金曜日から滞在していた仙台からようやく戻ってきた。街自体や美味いものやホテル暮らしも素晴らしい仙台だがやはり我が家も同様に素晴らしい。二日間レゴ®シリアスプレイ®のファシリテーターということでほぼ立ちっぱなしだった。これから少し疲れた身体を労ろうかなと考えている。

リーグ戦に先駆けて今日からルヴァンカップが始まっている。タイムラインを追う状況であるが結果はなんとか良さそうだ。スタート、サブを見ていても、離脱者も比較的少ないようで安心している。まだまだここから長いシーズンが続くので、ケアを怠らないよう期待しておきたいと思う。

ケアというとおこがましいのだが、レゴ®シリアスプレイ®のワークショップもかなり流動的に行なうことが多い。今回も当初想定してた設計を触らないといけない状況に陥った。とは言え常に二手三手多めに策を持って臨んでいる関係もあって、悟られず円滑にワークショップを完遂できた。

必要になってくるのは何も咄嗟の判断力だけでない。ワークショップ全体と構成を見渡せる能力、ドキュメントなどを早急に修正できる能力そしてその変更に耐えうるプレゼンテーション能力。その全てがトップレベルで実行できなければ、それはとても厳しい状況に置かれてしまうだろう。

特にイレギュラーが発生したとき非常にパニックになりやすい。経験とはこういうところで活かされるわけで、思い出として持っているだけでは何の役にも立たない。だからこそ常にブラッシュアップする。学びを多く摂る。それらを繰り返し繰り返し実践してみる。それが最も大事だろう。

慎重すぎるのもよくないが、コンティンジェンシープランが無いのは非常に危険だ。問題は未然に防げるに越したことはない。しかし人間の行なうことにはすべて予測不可能なケースが存在するのを忘れてはいけないのだ。僕は多くの事故からそれらを学んだ。ここから先も学び続けていく。

さてセレッソ大阪の話だ。来週からリーグ戦が始まる。開幕戦もなかなか行けそうにないスケジュールが組まれている。まずはこの一週間、怪我や体調不良が増えないことを祈っている。厳しい戦いを強いられると思うが、心配しなくともうちの監督はいくつもの策を持って臨まれるはずだ。

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