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「記録を残す」を始めます。

歳を重ねれば重ねるほど勇気を持てなくなるのだろうか。五十歳を数カ月先に控え、様々考えているのは何度も書いてきたのでご承知のとおりだ。体力と気力を両立させることの重要さとそこで垣間見える難しさ。人間とは実に繊細な生き物であり、脆弱な生き物であると思い知らされる。

そんな弱った心を奮い立たす意味でマンガBANG!で読み始めた「花の慶次」。ようやく全話読み終えたところだ。やはりというか何というか隆慶一郎先生の小説を読みたくなってきてしまう。昨日も書いたが歴史とは記憶が大事なのだが重ねて記録も必要である。そんなことを思い始めた。

記録を残す。それを強く感じる。日々の記録(無類の手書きノート派の僕)ではなくその場に生きた記録を残す。そんなものを書き記せる場所を作る。こんな僕だから長続きができるはずもない。しかしながらまずは始めることこそが大事であり、まさに「スタートライン」いったところ。

そんな、記録を残すためのWebサイトを立てることにした。というか、既にドメインを取得してページも作成済みだ。まだ一歩も踏み出せていないので公開できるようになってからの案内のほうが良いかなとも思ったのだが、まずは形だけでも近々にはスタートしていきたいと強く感じる。

コロナウイルスに打ち勝ったあかつきには色んな「セレッソ」な方に声をかけていきたいと思っている。たくさん話しをしてたくさん記録を残していくのが、少し使命みたいに感じ始めた。ひとりでやっていくのも限界がありそう(ほらでた)なので、ヘルプ募集やらもここに書いておく。

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黒パグ、「一粒万倍日と天赦日が重なる日」に、病院へ行く。

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