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新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

戦いは続く。武器を持つ。

ステイホーム週間に多くの悲しいニュースを聞いて辛い気持ちになってくる。どこかの記事で今は戦時だと書かれていた。まさにそうだ。戦争とはなにも人と人の争いだけではない。新型コロナウイルスに打ち勝つために外出自粛という武器を持って僕は戦い続けていく。大事なことだ。

J1に復帰した2003年シーズンもインパクトの大きい試合が多かった。とにかく派手なゲームの目白押し。0-3から6-4という大逆転の浦和レッズ戦を中心に、ゴール数もかなり多かったと記憶している。特に大久保嘉人選手の時代がやってきた感が非常に表れた一年間でもあった気がする。

セレッソ大阪としては三度目の天皇杯ファイナル(実際は2004年の元旦)に進出したり、意外といってはなんだが勝ち負けをしていたんだなと思い調べてみたのだが、なんとセカンドステージは四勝しかしていない。ファーストステージ躍進での貯金を払い出したことで生き延びられた。

とても印象に残った選手が徳重隆明さんだ。2002年に戦場をJFLからJリーグへ変えるためにやってきた彼。スポードを軸にJ1でも充分通用することを証明してみせた。ゴール数は7。素晴らしい数字だと思う。たしか固め打ち(2点)が多かった記憶があるが曖昧なのでサラッと書いておく。

この年の僕はホーム南側席にいることが多かった。選手と同様、良くも悪くもサポーターの性質が変わりつつあったし、様々な転換期だったのだなと思い出される。僕自身、別の戦場にいたこともあり、ホームですら試合を見に行く機会がかなり減ってしまっていたのが生活に影響した。

実質の2ステージ制はこの年で終了した(2015年シーズンには一時的に再開されるわけだ)のだが、僕はこの2ステージ制にあまり賛同できていない。ただこの2003年のように恩恵に預かる場合もある。何が良くて何が悪いかなどちっぽけな僕に判断できるはずもない。神ではないのだから。

試合を見れないストレスは、それ以外のストレスを凌駕する。セレッソファンとしては当たり前のことだろうが、周りからは理解されることもなく積み重なっていく。なにか動かないと・・・と考え始めたのもこの頃からだ。戦いは続いている。今僕は、CEREBAKAという武器を持った。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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