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新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

生粋の大阪人。

多くの事柄がちょっとずつ変わっていく。先日大阪で、とある若い方々との飲み会(こういう言葉を使うだけで老けた感がある)の際「セレッソファンの友達に話したら、イバさんのこと知ってました。一体、セレッソの、何者なんですか?コルリだったんですか?」と聞かれたのだった。

僕は串揚げを食べながら少々顔が赤くなってしまった。毎回ヤンマースタジアムやキンチョウスタジアムに行くたびに、大阪人だという過去すら既に忘却の彼方へと捨て去られていたと思っていた。ところがまだまだ憶えていてくださっていると思うと人生捨てたもんじゃないなと感じる。

そんななか、生まれも育ちも生粋の大阪人のはずなのに「大阪満喫粉もんコース」なんてものに、大阪人から招待してもらうという。たこ焼きを食べ、お好み焼きや焼きそば、豚平焼き(というの?)を食べる。いやはや、故郷を離れて13年経っているのだなと本当にしみじみしてしまう。

それにしても、なんばの街並みも以前と比べても変わってきている気がする。いや、なんばだけじゃない。地元の大正区やその他の地域も昔とは大違いであるし、それこそ文化そのものも変わりつつ有るのだろう。まあうちの母親もiPhoneを持ちLINEでコミュニケーションする時代なのだ。

変わらないのは大阪人の心意気だけか。この二日間もそんな感じだった。いつまで経っても何も変わらず、集まってはワイワイし始める。特にセレッソ大阪という星のもとに集まってくるとそれは実に顕著に表れる。皆少しずつ歳を取ってはいるが、まるですべてがあの頃と同じに見える。

僕は新大阪駅から東京行きの”のぞみ”に乗る。2007年。新しい場所へと向かうために新幹線に乗り込んだホームと同じかどうか記憶してもいないが、大阪を離れる瞬間の気持ちは今も昔も変わらない。やはり僕は生粋の大阪人だ。その確認ができただけでもこの旅の価値があるなのかもしれない。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※そして大阪と言えば・・・これ。

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