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第17節 鹿島アントラーズ戦。

先日ソーシャルデザインの勉強会で「Jリーグスタジアムは究極のサードプレイス。家庭、職場や学校、そして三番目の場所としてしっかり地域に根付いて役目を果たしている」と話をした。まさに老若男女がひとつの目的のもとに集まっている。

そんなスタジアムからファン、サポーターがいなくなった。次に、5,000人上限という状況となった。もちろん応援などは行なえないものの拍手は解禁されたりして、少しずつ空気感や雰囲気が高まってきた。サードプレイスが少しずつ戻ってきた。

今日。スタジアムにこだまする声と拍手の量が増えた。モニタ越しに味わえるこの感覚。日常に僕らのJリーグが帰ってくる日はかなり近いと感じる場面もある。だがまだまだ気を抜けない状況は変わらない。やはり、ひとりひとりの意識が大事だ。

そんななかでの鹿島戦はインテンシティという言葉を思い知らされた。なんだろう。心に突き刺さるようなワード。局面局面での強さと90分続けることの難しさ。ロティーナ監督のインタビューにもあったが、後半開始直後の二失点目が痛かった。

問題のシーンは完全なバンドだったとは思うが、それ以上に鹿島の強さを感じた試合だった。もちろん連戦の差は大きかった。大きかったが、こういう試合をどのように終わらせるかも、強いチームとそうじゃないチームに表れてくる「違い」だ。

あと、毎回思うが、いまのセレッソ大阪にはパワープレイは向いていないかも。しっかりとボールをつないで、剥がして、サイドをうまく活用して、真ん中で仕留める、同点ゴールのような。パワープレイに行かなくていい展開に持ち込まないと。

勝つときもあれば負けるときもある。そして、負けには「負け方」というものもある。そう悲観するような試合でもないなと僕は思う。ただ、体力的に厳しい状態の選手も存在する。どのようにローテーションするのだろうか。非常に注目なのだ。

重ね重ねではあるが、多くのファン、サポーターがスタジアムでサッカーを楽しめる日々が戻りつつある。僕はいつ、どこで観戦することができるのだろうか。ここからまたひとつひとつの試合を大事にして、共に勝ち切りたい。今はそう感じる。

サードプレイスの話ついででもうひとつ書いておきたい。F.C.OITOもまさにその「第三の喋り場」である。引き続き多くの方にお越しいただけるよう様々考えていきたいと思うし、ファン、サポーターの方々とお会いできる日を心待ちにしている。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

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