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とっかかりを持つ。

かなり疲れている。昨日、若い人たちに「初歩のお金の勉強会」と称して約一時間半ほど(本当は一時間だったがDescuentoがあった)説明しただけでもぐったりだ。この体たらくぶり。講師業や真のファシリテーターの方々に感服してしまう。

もちろんのことだが、かなり興味がある人、少しは知りたいと思っている人そしてあまり関心のない人がいるとは思う。しかし昨日もほぼ全員がしっかりと食いついてきた。知らないことは知らない、だから学びたい、という意欲が旺盛なのだ。

当然でもあるのだが、僕はその道のプロでもないので、まずは得たもの、これまで学んだことを自分なりに咀嚼してブレイクダウンすることにしている。選択するのは聴く側の自由。にわか説明員が重要視しているのは「とっかかりを持つ」だ。

子供の頃からこのお金の教育を実践できている日本人は少ないと思う。そして、それを学ぼうとしても「何か魂胆があるのでは?」「騙されるのでは?」と訝しんでしまう。だからこそ昔の藩校や私塾のようなものが必要になってくるのだろう。

坂本龍馬は、アメリカ帰りのジョン万次郎と親交のあった河田小龍から世界の情勢を知ることで見識が広がった。18世紀後半の日本には多くの藩校や私塾が建設され、さらに寺小屋という初等教育も始まった。まさに身近な「先生」がいたのだ。

知識や見識は自分ひとりのものでなく、周りの人と共有してこそ、良い社会が生まれると僕は思っている。だから今日も、先日学んだ「社会デザイン、ソーシャルデザイン」についての説明会を開催する。人に話すことで学び返しもできるのだ。

そんな、正しいことを正しく伝える「プチ先生」お節介でもいいじゃないか。「プチ先生」が増えれば、この国も面白くなるのかなと思ったりする。いろいろとやって、やってみてダメなら止める。でも「とっかかりを持つ」には充分に役立つ。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP

※2015年に高知を訪れた際に

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