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新年。

激動の一年が明け、また来たるべき一年が訪れるという、あいも変わらない人生を送っている。少なくともこの2022年という空間を、また、多くの方とともに歩めればそれでいいと感じる自分が大きくなってきた。年齢を重ねている証拠だろう。 セレッソ大阪というクラブを愛し始めてかれこれ三十年弱となるわけだが、この思いだけは決して色褪せないのがありがたい。ひとえにこれは仲間の存在が大きい。時間というファクターは人を不幸にすることもあれば、人を幸せにもしていく。 ようやくヨドコウ桜スタジアムに足を踏み入れることができ、F.C.OITOでイベントも開催できた。Twitter Spaceだって四十四回も続けることができたのだ。2022年はいったいどんな一年になるのだろうか。そう思っていた矢先に、あれが来た。 今年も多くのアミーゴに巻き込まれながら過ごしていくことになるだろう。 サッカーショップ蹴球堂は、まあぼちぼちやっていく。健康に気をつけながらゆっくりと前に向かって、着実に歩く。そうして辿り着ける先の、その向こうへと・・・。 NEVER STOP,NEVER GIVE UP

血液型の定義。

根が「いい加減」だということは散々書いてきたので理解してもらえていると思っている。だが最近、この「いい加減」は、無意識のうちに溢れ出ているのではなく、意図を持ってアクションしているのではないか、と感じ始めている節がある。

この行動を取ってしまうのは一体何故だろうか。演じているのでも試しているのでもなく、人との接点に存在する自分自身の立ち位置。潜在的なものだろうか。役のある仕事を始めた頃くらいから意識しているこの「いい加減」というフレーズ。

その前に少しだけ話しておかなければならないのが「B型はいい加減で大雑把なのか?」だ。我が先祖がどうだったかはまったく知らないが、少なくとも両親はともにB型だ。好きなことにはとことんのめり込むが、良い意味で「いい加減」である。

その血を濃く受け継いだのはよく分かる。よく分かるが、それがB型の宿命なのかと言われると、どうも違う気がしている。「いい加減」にもタイプがあるのかもしれない。タイプというか何というか、これが個性と呼べる個々人の特性だろうか。

ただ、親がいい加減だと子もいい加減なのかについては大いに疑問もある。血液型が性格を決めるのであれば、一体何がどう違うのだろうか。別段、何かのトリガーがあったわけでもないのだが、最近は何故かそんなことばかりを考えてしまう。

さて、犬には血液型は無いらしい。人間のABO型に対してDEA式と言い、日本では全部で九種類に分けられているとインターネット上では書かれている。果たしてこのワンコは何型なのだろうか(見てみると血液型性格判定は無いとのことだ)。

熱しやすく冷めやすい。B型に近いのだろうか。環境や育てかたで犬の性格は変わるという話をどこかで聞いたこともある。そうするとやはり、B型に育てられたワンコはB型となっていってしまうのだろうか。それが宿命だとしたら申し訳ない。

だがもしそれが運命だとしたら、本人(本犬?)次第で何にでも変えられるだろう。望んでそうなっているのかもしれないし、望まない状況ならば変えるしかない。ワンコも人も本質は同じ。変えられない未来を変えていく。やはり自分自身。

血液型はその少しのトリガーたり得るかもしれないが、それ以上でもそれ以下でも無いと僕は思っている。そう考えてみれば、B型の「いい加減」は武器になる可能性もある。すべてのB型の方が「いい加減では無い」ことが前提ではあるのだが。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


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