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第12節 ベガルタ仙台戦。

世の中には本音と建前が存在する。直球勝負ばかりだと、やはりにっちもさっちもどうにもブルドックだ。特にビジネスの世界では腹の探り合いが非常に多く、そんな世界に風穴を開けようと160km/hの豪速球を選択し、見事に打ち返される。

だが、ときには意地を貫き通すことの大事さも、人は皆分かっている。これは他でもない自分自身の本音やプライドの問題だ。自分の信じる道を否定されたと感じるとき、人は打ち勝とうとするか、それとも捨てるかの二択を手にするだろう。

良い悪いは別だが、戦うべきときに戦わないのはどうなのかと思う気持ちもあったりする。あるシンガーが出演を辞退したり、あるサポーターがラジオ番組を降りたりしている姿を見ていると、意地を貫き通すことの大事さを感じさせられる。

あの前節のあとの試合だけにもう少しピリピリ感があるかなと思ったが、選手たちが意外と割り切っている部分もあってホッとした。それだけあの敗戦は強烈なインパクトがあった。七連戦の最後の試合。勝利すること。これが大命題だった。

勝った。ただ、僕はこの勝利よりも、清武弘嗣選手、柿谷曜一朗選手が貰ったイエローカードに何故か惹かれた。ふたりとも良くないプレイの典型ではあった。あったのだけれど、そこには彼らなりの、彼ら自身のプライドとの勝負があった。

僕は若い頃からチームリーダーなどに就くことも多かった。特に、監督と選手たちとのあいだに立つ場面が何度もあった。仕事でもそうだ。常に本音と建前という世界だった。ほぼ人生のすべてを、そう過ごしてきたと言っても過言では無い。

だから彼らの気持ちが痛いほど分かる。スポーツの世界でも何でも、それらを実力で見せていかなければならない。本音と建前の世界に存在するアスリートの気持ち。決して彼らは口には出さないだろう。でも僕にも充分すぎるほど、分かる。

イエローカードにはそんな思いが詰まっていた。勝つためにどうするか。そして迫りくる若者たちの闘志に対して、戦うべきときに戦う姿。理由などない。意地を貫き通すとはそういうことだ。間違っているかも知れないが、僕はそう感じた。

二人のキャプテンそしてすべての選手の頑張りに感謝したい。かなり体力的にも厳しかったとは思うし、現にラストまでは難しいだろうなと感じてしまう選手がいたのも事実だ。だが勝った。素晴らしいチームのサポーターで本当に誇らしい。

NEVER STOP,NEVER GIVE UP


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